『野営訓練』 その3
「あっ、そうだ。一つ気になった事が……」
苦笑いをしていたショーナは、思い出したかの様に質問をした。
「焚き火を灯しておくのは状況によるとして……。では、もし消していた時に敵と遭遇した場合、改めて火を灯すべきですか? やっぱり、戦闘時には明かりが必要だと思うのですが……」
「ふむ……」
ショーナの質問を聞いたフォーロは一言呟き、腕組みと右手はそのままに、目を閉じ少し下を向いて考えると、ショーナに向き直って答える。
「これも……状況によるでしょうな」
「どういう事ですか?」
「ふむ。確かに、ショーナ様がおっしゃる通り、戦闘時に明かりが無ければ……暗くてよく見えません。そこだけを考えるのであれば、確かに火を灯すべきとも言えます。
しかし……、明るい所から暗い所は見えますか?」
「あっ……!」
フォーロの端的な問い掛けに、ショーナははっとした。
「左様。野営中に敵襲があった場合、その時ショーナ様は焚き火の側にいる事になります。そこで火を灯したとなると、光源はショーナ様の側にある事になりますな。
ショーナ様の側は、確かに明るくなるでしょう。しかし……、先にお伺いした様に、明るい所から暗い所を見るというのは、あまり得策とは言えません。
逆に、暗い所から明るい所を見るとなると、それはまた違ってきます。この状況で火を灯すとなると、ショーナ様よりも敵の方が有利になってしまいます」
「じゃあ……、消しておいた方がいい、という事ですか……?」
「焚き火がショーナ様の側にあって、敵が暗がりの中にいる状況であれば、基本的にはそうですな。火を灯していたなら、消した方が良いでしょう。
ただ、敵が既に近距離まで接近してしまった場合は、明かりがあった方が確認はしやすくなります。互いに見える状況になる訳ですから、どちらかが有利になるという事はありません。
ですが……、わたくしの考えですと、どちらの状況であったとしても、まずは月明かりに目を慣らすのが先決でしょうな。そうすれば、焚き火の明かりに頼る必要は無くなりますからな」
「あ……なるほど……」
一旦は納得して相づちを打ったショーナだったが、すぐに別の疑問が頭をよぎり、少し顔をしかめてフォーロに問う。
「あっ、でも……。もし曇っていたり、雨が降っていたら……どうすれば……」
「ふむ、そうなると……より大変な野営になりますな」
ショーナの問いに、フォーロも少し真剣な表情をして答える。
「どちらの天候も、月明かりが望めませんから……必要に応じて明かりを使わねばなりません。しかし……雨となると……、魔石を使わない焚き火では、消えてしまうでしょうな」
「…………」
フォーロの言葉に、ショーナはため息混じりにうなる。
「事実、雨天での野営は大変です。最初の話に戻りますが、それこそ場所選びが重要になってくるのです。雨風をしのぎ、敵に襲われる心配の無い、出来る限り安全な場所を探す事……。万が一、敵に襲われたとしても、こちらが有利に迎撃出来る場所を選ぶ事……。そうすれば、明かりの問題は二の次になります。
場所さえしっかり選べば、例え雨天でも焚き火は出来ましょう。とにかく場所選びです、ショーナ様。場所だけは……妥協せぬ様に……」
「……はい」
ショーナは真剣な表情で、力強い目付きをフォーロに向けて一言だけ返事をした。それを見たフォーロは、微笑んで言葉を掛ける。
「……これで、明日の野営訓練は大丈夫そうですな」
「はい」
「他にも何かあれば、今の内にお聞き下さい、ショーナ様」
「ありがとうございます。今の所……これで、思い当たる事はありません」
「ふむ、お役に立てた様で何よりです」
フォーロの言葉を聞き、ショーナは微笑んでお礼を言う。
「いつもありがとうございます、書庫長」
「いえいえ、構いません。ショーナ様とのお話は、いつも楽しみにしておりますから。……また、いつでもお越し下さい」
「はい……! ありがとうございました」
最後に改めてお礼を言ったショーナは、頭を下げてから地下室を後にする。フォーロもショーナに続いて地下室を出ると、砦に戻るショーナを微笑んで見送った。
翌日、夕方――
「そろったな」
曇天の空の下、ショーナ達三頭を前に、ジャックは腕組みをして話し出す。彼の隣にはジョイも同席していた。
「ではこれより、野営訓練を始める! 一昨日話した様に、お前達だけで……一夜を明かしてもらう」
真剣な表情で話すジャックに、ショーナ達も同じ様に真剣な表情をして、その話に耳を傾けていた。
「お前達の野営に、我々を含め他の者は一切関与しない。野営する場所決めから、食料や水の確保、そして安全を確保して一夜を明かす事……。それら全てを、自分達だけで行ってもらう。
だが……、これでも一応は訓練だ。本当に緊急事態になったら救援を入れる。だから、その時の合図も今の内に教えておく。……戦闘部隊も支援部隊も、救援要請の合図は共通している。その方法は……『ブレスを真上に打ち上げる事』だ」
ジャックの説明に、ショーナが反応する。
「ブレスを……真上に……ですか?」
「そうだ。真っ直ぐ直上に打ち上げろ。緊急事態であれば何発も撃ってられないだろうが、少しでも余裕があれば、二、三発同じ様に撃て。一発だけでは戦闘時の射撃かどうか区別がしにくい。それでも基本的に救援は出すが、一発だけでは見落とされる可能性もある。だから、二、三発撃てる様であれば撃て。それが共通した救援要請の合図だ、忘れるなよ」
ショーナ達はそれぞれうなずき、ジャックは他の説明に話を進めた。
「それと……、訓練とはいえ、手ぶらで行ってもらう。道具や食料の持ち込みは無しだ。もちろん、我々からの支給品も無い。必要な物は全て、現地調達してもらう」
「えっ……!」
ジャックの言葉に、フィーは少し驚いて声を上げ、ショーナは更に真剣な表情になる。二頭の反応を見つつ、ジャックは話を続ける。
「お前達が遠征訓練を行った時も手ぶらだっただろう? それと同じだ。それに、その時に野営を行っていれば……手ぶらでの野営になった訳だ。何も、今になって驚く事じゃない。
それに……、それを覚悟していたヤツもいる様だしな」
そう言って、ジャックはショーナに顔を向けて微笑む。それに対し、はっとするショーナ。
「してきたんだろう? 下調べ。……今の話で驚かず、そんな表情をしているという事は、それ相応の覚悟と準備があったという事だ。……違うか?」
ジャックに完全に見透かされてしまったショーナは、苦笑いをして右手の指で顔を掻く。
「フッ……。遠征の時もそうだったから、お前なら……そうだろうと思っていた。やはり……といった所だがな」
相変わらず苦笑いを続けるショーナ。ジャックも微笑みながら、一呼吸置いて続きを話す。
「よし。では、今回もリーダーはショーナにやってもらう。下調べもしてきている様だしな。……お前達は異論は無いか?」
そう言って、ジャックはフィーとジコウそれぞれに顔を向ける。そんなジャックに、二頭は静かにうなずいて返した。
「……大丈夫な様だな。ではショーナ! 今回もリーダーはお前だ。……フィーとジコウは、ショーナの指示に従って行動しろ。いいな?」
ジャックの言葉に、二頭は再び静かにうなずく。そこにジョイが口を挟んだ。
「ジャック、今日は曇りよ。あまり長話をしていると暗くなってしまう」
「……あぁ、そうだな」
ジョイの忠告に、目を向けてうなずきながら一言返したジャックは、改めてショーナ達に目を向けると声を張った。
「よし! では……野営訓練を始める! 明日の朝になったら、またここに戻ってくるんだ!
……行ってこい!」
「……はい!」
ジャックの声に、ショーナとフィーは同じ様に声を張って返事をしながらうなずき、ジコウは静かにうなずいた。そして三頭は向きを変えると、湖の方へと歩き出す。




