『野営訓練』 その1
遠征訓練が終わって数日が経った、ある日の訓練後。ショーナ達がいつもの様に、ジャックの前で横並びで話を聞いていた、その時――
「野営訓練~~っ!?」
訓練場に、ショーナとフィーの大きな声が響く。驚いている二頭の前では、ジャックが腕組みをして話の続きを始めていた。
「あぁ、そうだ。明後日の通常訓練は無しで、その日の夕方から野営訓練を行う事が決まった。お前達だけで、一夜を明かしてもらう」
ジャックの説明に、ショーナが口を挟む。
「その……、急ですね……」
「ん? あぁ、まぁな。……あの遠征の件もあって、あれから俺達で話し合ったんだが、やはり一度は野営訓練をしておいた方がいいという結論になってな」
「やっぱり……、チームワーク……ですか?」
「それもある。だが、一番問題になったのは……やはり遠征そのものだ」
「どういう……事です……?」
ショーナは少し顔をしかめ、首をかしげて問い掛けた。
「あの遠征は、確かに急だった。だから準備をする時間が無かった訳だが……。あの遠征で、万が一にもオアシスで一夜を明かすという事になっていれば、それこそ『野営』という事になる」
「まぁ……そうですね……」
「だが……あの段階で、お前達はまだ野営をした事が無かった訳だ。もちろん、今もな。本来であれば……、野営訓練を先に行ってから遠征をするのが、順番としては正しかったんだが……。何分、急だったからな」
(まぁ……フィーが勢い任せに『行く』って言い出したしなぁ……)
ジャックの言葉に、ショーナは苦笑いをしながら思い出していた。
「だから、順番は逆になってしまったが、きちんと野営訓練は行おうという事になってな。……もちろん、長の承諾は得ているから、ショーナも心配する事は無いぞ」
「あ……はい……」
ショーナは再び苦笑いをして一言返事をすると、改まって質問をした。
「じゃあ、オレ達は明後日……オアシスに行くって事ですか?」
「ん? ……あぁ、それは違う。野営訓練は、そこの湖で行う。オアシスだと……何かあった時、助けに時間が掛かるからな」
「そう……ですね……」
言葉に詰まり気味に返事をしたショーナは、ふと思う。
(『助けに時間が掛かる』……か。じゃあやっぱり……本当にオレ達だけで、周りに見張りは付けないで訓練するって事か……)
少し険しい表情をしながら、僅かに顔を下に向けたショーナ。そこにフィーが入れ替わる様に口を開く。
「でも、それってつまり……『湖の近くで一晩過ごす』って事ですよね?」
「あぁ、そうだ」
「それだけなら……別に、そんなに難しいとは思わないんですけど……」
フィーは首をかしげながらジャックに話していたが、それを聞いたジャックはフィーに微笑んで返した。
「フッ……、実にお前らしい言葉だ。……確かに、湖の近くで一晩過ごすと聞けば、簡単に聞こえるだろう。集落に隣接しているから、何かあっても……助けも早いしな。
だが、実際……野営は危険を伴う。夜間という事もあって、闇の魔物が出る可能性もあるしな。それに、野営と言えば聞こえはいいが、結局の所は野宿だ。
自分達で安全を確保し、寝床を決めて一晩明かす大変さは……やってみないと分からないだろう」
「…………」
ジャックの説明を聞いたフィーは、少し顔をしかめて鼻で小さくため息を吐く。
「フッ……、まぁいい。……では、明後日の夕方、この場所に集合だ。その時に、また改めて説明はしよう。明日はしっかり休んでおけよ」
ジャックの言葉に、三頭はそれぞれうなずく。
「では、今日はこれで解散だ。……お疲れさん」
「ありがとうございました!」
ショーナとフィーは、ジャックにお礼を返して一礼し、ジコウは静かに一礼して、三頭そろって訓練場から帰っていった。
訓練場からの帰り道で、フィーは歩きながら珍しくジコウに問い掛けた。
「ねぇ……。ジコウって保護されるまで野宿してたって事?」
「…………」
それを隣で聞いていたショーナは、目を丸くして彼女に視線を向け思う。
(き……聞きにくい事、聞くなぁ……)
ショーナがそんな事を思っているとはつゆ知らず、フィーは質問を重ねる。
「どんな感じなの?」
「……さぁな」
ジコウは目を閉じてフィーの問いに一言だけ答え、それを聞いたフィーは、足を止めて憤る様に吐き捨てた。
「……何よ、教えてくれたっていいじゃない! 減る物じゃないし!」
ジコウはそんな事には構わず、砦への歩を止める事無く自身だけ先に戻っていく。足を止めたフィーの横で、ショーナは苦笑いをしながらフィーをフォローした。
「ま……まぁ、あいつにとっては話しにくい事なんだと思うよ……」
「でも、少しは教えてくれたっていいじゃない。私達は野宿した事無いし、知ってるとしたらジコウだけなんだし」
「まぁ、そうだけどさ……。あいつにとっては、嫌な思い出かもしれないだろ? 生まれてから保護されるまでの二年間って……」
「…………」
フィーは不服そうに顔をしかめ、目を半眼にした。ショーナは苦笑いを続けながら、フォローを重ねる。
「そんな顔するなよ……。野営とか野宿の事を聞くだけなら、他にも聞ける相手はいるんだし……」
「……例えば?」
「例えば? う~ん……」
フィーの問い掛けに、ショーナは少し顔をしかめ、目線を上に向けて少し考えると、思い浮かんだ答えを彼女に向けた。
「書庫長……とか?」
「……どうして書庫長なのよ。それなら、ジャック隊長に聞いた方が手っ取り早いじゃない」
「いや、ほら……。書庫長って書物の管理もしてて博識だし、集落一の長老だから、色んな経験してると思うしさ……」
「ふうん……」
彼女の「もはやどうでもいい」といった感情が見え隠れした相づちに、ショーナは苦笑いをして右手の指で顔を掻く。
次の言葉に困っていたショーナに構わず、フィーが口を開いた。
「まぁ、別にいいけど。……どうせ湖の近くで寝るだけなんだし」
(いや……フィー……、野宿はそう簡単じゃないと思うよ……危ないし……)
フィーの言葉を聞いたショーナは、これ以上、話をややこしくするのを避ける様に、あえて思った事は口にせず、自身の内にとどめていた。
苦笑いをしながら黙っていたショーナに、再びフィーが口を開く。
「じゃあ、明後日の夕方……。また訓練でね」
「あぁ。……ちゃんと休んで、疲れを取っておいてよ、フィー」
「分かってるわよ。……聖竜サマも」
「……あぁ」
一通り言葉を交わしたフィーは、向きを変えてから振り返り、いつものセリフを口にする。
「じゃあまたね! 聖竜サマ!」
そして、軽やかに駆けて帰っていく。彼女の背中を、見えなくなるまで見届けるショーナ。
(……どうするかな、下調べ……。流石に、野宿なんて人間の時にしてないし、そんなゲームもした事……いや、少しあったな……。サバイバルをするゲーム……)
フィーが見えなくなっても、ショーナはまだその場に留まって、難しい顔をして考えている。
(でもなぁ……。ゲームと現実は違うし……)
砦の方向へと向き直り、右手で頭を掻くと、
(……行くか、明日……。書庫長の所に……)
そう結論付け、砦へと駆けて帰っていった。
翌日、昼下がり――
「書庫長! こんにちはー!」
ショーナは書庫へと足を運んでいた。彼の声に、フォーロが扉を開ける。
「これはこれは、ショーナ様。こんにちは。……今日は、どうされましたかな?」
「はい。ちょっと……今日も書庫長にお聞きしたい事があって……」
どこか真剣な表情で話すショーナに、フォーロも何かを悟り、
「ふむ……。今回も、訳がありそうですな。……では、中へどうぞ」
そう言って、ショーナを招き入れる。
「……ありがとうございます」
一言お礼を言ったショーナは、室内へと足を踏み入れた。




