『新たなる一歩』 その4
翌日、昼下がり――
「ショーナ、そろそろ行きますよ」
エイラの声掛けに、ショーナは砦の入り口で待つエイラの下に走る。
(あの子……今日は会えるかな……)
期待や不安、緊張といった色々な感情が入り混じり、彼の顔は少し強張っていた。そんな顔で走ってきたショーナを見たエイラは、彼が来て早々に顔を擦り合わせた。
「ショーナ。……大丈夫ですからね」
エイラは昨日の事を気に掛け、表情が硬いショーナを早めにケアすると、他の話題を出す事も無く出発した。
「では、行きましょうか」
「はい」
エイラが歩き出し、ショーナは後に続く。
今日は昨日の様に目的地は無かったが、ショーナは集落を歩いて回りながら桜色のドラゴンを探した。エイラもそれを理解していた為、昨日出会った場所の近くを歩くルート選びをしていた。
そして、その時が訪れる。
「あっ……!」
ショーナの目に桜色のドラゴンが映ると、彼は一声だけ発した。その声に気付いたのか、桜色のドラゴンもショーナに声を掛ける。
「今日もお散歩? 聖竜サマ?」
「散歩と……模擬戦だよ」
そう答えたショーナは、エイラの前に立って姿勢を低くする。
「……面白いわね。いいわ、相手してあげる」
少しだけ笑みを浮かべながら、その桜色のドラゴンは戦闘体勢を取った。そんな二頭を笑顔で見守っていたエイラは、彼らが互いに戦闘体勢を取った事で、昨日の様に模擬戦を取り仕切る。
「準備はいいですか? では……始めっ!」
エイラの声と同時に、桜色のドラゴンはダッシュしてショーナに急接近を仕掛けた。昨日と同じ動きに、ショーナは冷静に次の動きを考える。
(昨日はサイドステップをした所に突っ込まれた。それなら……!)
ショーナは右手右足を少し引いて、更に姿勢を低く構える。
(正面から迎え撃つ……!)
ショーナの動きを見た彼女は、彼の鼻先で急に進行方向を変え、ショーナの左側にスライドターンをした。
昨日の様に突っ込んで来る事を想定していたショーナは、慌てて左を向こうとしたが、その前に彼女が首にツメを突き立てた。
「はい、そこまで!」
彼女はツメを下ろして、ショーナに問い掛ける。
「右利きなの? 聖竜サマ」
「えっ……? そうだけど……どうして?」
「さっき右手を引いたでしょ? その構えだと、左側の対応が出来ないのよ」
それを瞬時に判断して動いていたのかと、ショーナは関心しつつも驚いた。
「もしかして、聖竜サマって模擬戦苦手なの?」
「そうかな……そうかも」
「ふうん……」
少し優柔不断な返答をしたショーナ。そんな彼を気にも留めず、
「じゃあまたね! 聖竜サマ!」
今日もそう言って走り去ろうとした彼女。しかし……
「待って!」
ショーナは彼女を呼び止めた。振り返る桜色の彼女。
「なあに? 聖竜サマ」
「まだ……君の名前を聞いてない」
少し恥ずかしそうに、ショーナは彼女に名前を尋ねる。
「……私はフィー」
「フィー……か、覚えておくよ」
「聖竜サマの名前は?」
「オレは……ショーナ」
「ふうん……」
名前を聞き返したものの、あまり興味無さそうな相づちをするフィー。すると、彼女は唐突に「ある事」を提案しだした。
「そうだ! 明日から私が『とっくん』してあげる! ……どう?」
「と……特訓……!?」
突然の事に驚くショーナだったが、このやり取りを聞いていたエイラは満面の笑みでショーナの背中を押す。
「あら、いいじゃないですかショーナ! 折角ですし、彼女に『とっくん』してもらいましょうよ」
「えっ……母さん……!?」
「砦の前は広いですから、明日から砦の前でやりましょう。また昼下がりでいいですね?」
勝手に話を進めたエイラは、フィーに確認を取る。
「はい、大丈夫です」
「ありがとう、フィー。……良かったじゃないですか、ショーナ」
ほとんどエイラが話を進めてしまったが、そのエイラは満面の笑みでショーナに話し掛け、その一連の流れを見ていたショーナはただただ困惑するだけだった。
(ウソでしょ……!?)
ショーナとしては模擬戦の再戦がしたかっただけだったが、終わってみれば明日以降も模擬戦を行う事が勝手に決まってしまっていた。
「じゃあ、また明日ね! 聖竜サマ!」
その提案者であるフィーは、事が決まると早々に帰ってしまう。残されたショーナとエイラも、今日は砦に帰る事にした。
翌日、昼下がり――
「ショーナ、そろそろ行きますよ」
エイラのいつもの声掛けに、ショーナは走る。
(……どうしてこんな事に……)
どこか不安と不満が混ざった渋い顔で、ため息をするショーナを見たエイラは、昨日と同じ様に顔を擦り合わせてショーナに優しく声を掛けた。
「ショーナ。……大丈夫ですよ。大丈夫、大丈夫……」
いつものルーティーンを終えると、二頭は塔の外へ歩いて出る。そこには桜色の彼女が既に待ち構えていた。
「来たわね、聖竜サマ」
「……待たせたかな?」
「私もさっき来た所」
他愛無い挨拶を交わすと、早速フィーは模擬戦の話を切り出した。
「それじゃあ……始めましょ、聖竜サマ」
そう言ったかと思うと、戦闘体勢を取ってショーナの方を向く。
「あぁ、よろしく頼むよ」
そう言って、ショーナも戦闘体勢を取る。そんな二頭を見て、エイラは昨日と同じ様に模擬戦を取り仕切った。
模擬戦は夕方まで何度も行われ、フィーがショーナを負かしてはアドバイスをし、そしてまたフィーがショーナを負かして……と、ショーナは一度もフィーに勝つ事無く一日目の特訓を終えた。
そして、その日の夜――
「今日はお疲れ様でした、ショーナ」
エイラは就寝前にショーナを労ったが、ショーナはうつむいて元気が無い。反応が無かったショーナに、エイラは微笑みながら優しい声で続けた。
「ショーナ? 前にもお話しましたが、模擬戦は勝ち負けではありませんよ?」
「でも……一度も勝てなかった……」
「勝つ事が模擬戦の目的ではありませんよ? ショーナ」
「でも……」
それ以上、ショーナの口から言葉が続く事は無かった。そんなショーナを見て、エイラは問い掛ける。
「ショーナ? 誰かがあなたを笑いましたか?」
ショーナはうつむいたまま、首を横に小さく振った。
「誰かがあなたを罵りましたか?」
ショーナはうつむいたまま、再び首を横に小さく振った。
「ショーナ、一度も勝てなくてもいいんですよ。模擬戦は……」
「オレはっ……! 母さんの……長の子なのにっ……! 母さんの顔に……泥を……!」
エイラの言葉を遮ってショーナは話し始めたが、途中から顔を背けて歯を食いしばり、ぎゅっと目をつぶった。その目からは大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。
「ショーナ……」
エイラはそんなショーナを見て、彼がどう思っていたのかを初めて知ると、ショーナの側に近寄って顔を擦り合わせ、優しく語り掛ける。
「大丈夫ですよ、ショーナ。……あなたが思っている程、そんな意地悪なドラゴンはこの集落にはいません。あなたは……優しいのですね」
エイラは顔を擦り合わせたまま、ショーナを落ち着かせる様に話し続ける。
「ショーナ? 私の事も、周りの目も気にせず、今は模擬戦を続けて……戦い方を学んで下さい。それがいつか……あなたの為になりますから」
ショーナはしばらく涙が止まらず、エイラもずっと側で寄り添い続けた。どれだけ泣き続けたのかも分からず、ショーナはその後、気を失ったかの様に眠りに就き、エイラも寄り添って一夜を明かすのだった。