『黒いドラゴン』 その2
「君は先程、ジャックの名前を出していた様だが……。彼が隊長という事は、君達は……その部下という事か?」
「……ジャック隊長を……ご存知だと……?」
ショーナは警戒しながら、端的に質問返しをした。
「あぁ、知っている。……だが、まさか彼の部下が、こんなにも腰抜けだとは思わなかった。……ジャックもさぞ、落胆しているだろうな」
「……ジャック隊長がどう思うかは、ジャック隊長が決める事です。あなたが決める事ではないし、あなたの推測で話されたとしても、ジャック隊長からの、オレ達への信頼は揺るぎません」
「なるほど、口だけは達者な様だな。……それとも、それもジャックから教わったか?」
「……さぁ、どうでしょうね」
険しい表情で話すショーナを見ながら、黒い空竜は内心、ショーナの事を先程以上に感心していた。
(ここまで意思が固いとは……。彼を崩すのは無理だな……)
すると、ショーナが口を開く。
「あなたが何者かは分かりませんが、しかるべき立場の方である事は分かります。その立場の方が……例えオレ達と模擬戦をしたいという理由があるとはいえ、オレ達や独立派の事を侮辱した事は……許せないし、戻ったら報告はさせてもらいます。……ジャック隊長にも、長にも」
その言葉を聞いた黒い空竜は、一瞬、眼を見開いて驚くと、すぐに真剣な表情へと改まり、ショーナに言葉を返す。
「……これは失礼した、非礼を詫びよう」
そう言うと軽く頭を下げ、そして続ける。
「君の洞察力と冷静な判断、そして確固たる意思には敬意を表する。だが……」
空竜は一旦、フィーとジコウそれぞれに顔を向けた後、再びショーナに顔を向けて続きを話す。
「どうやら……、君以外はやる気の様だ」
(くそっ……!)
最後は微笑んだ空竜に、ショーナは険しい表情をした。フィーとジコウは、空竜がショーナへ言った言葉も聞いており、それが二頭の怒りをより増幅させていた。
ショーナと空竜の会話が途切れた所で、ついにフィーが堪えきれなくなり声を荒げた。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃと……! 御託は聞き飽きたわよ!!」
「フィー! ダメだ! よせ!!」
あまりの怒りに、もはやフィーはショーナの言葉に耳を貸す事は無かった。戦闘体勢を取り、キバをむき出して空竜をにらみ付けている。
同じくしてジコウも、今にも飛び掛からんとする雰囲気をあらわにしていた。普段から戦闘体勢を取らない彼だったが、左手を少し前に出した姿勢を見たショーナは、明らかに普段とは違うジコウの動きに危機感を覚えた。
「ジコウも止めろ! オレ達は模擬戦をする為に来たんじゃない! ここに来た目的を思い出せ!!」
ジコウもフィーと同じ様に、ショーナの言葉に耳を貸す事は無く、鋭い視線を空竜に向けていた。
(くそっ……! してやられた……!)
ショーナが悔やんでいると、黒い空竜が口を開く。
「……では、こうしよう。君達が私に模擬戦で勝てたら、その時は……私は道を譲ろう。しかし、君達が私に勝てなかった時は……、今回は諦めて独立派に戻る事だ」
「なっ……!」
ショーナは驚いて目を見開く。
「模擬戦は三対一……。君達は、三頭で一斉に掛かってきて構わない。ブレスや魔法による攻撃は禁止だ」
そう言ってから、その空竜は一度軽くバックステップをして距離を取ると、軽く両手足を広げて戦闘体勢を取る。
空竜の言葉を聞き、フィーは怒りに震えていた。
「随分……舐めた事……、言ってくれるじゃない……!」
その呟きを聞いたショーナは、もはや二頭を制止する事は無理と悟り、自身も覚悟を決める。
(……やるしか無い……か、くそっ……!)
ショーナがそう思っている所に、空竜の声が響く。
「では……、掛かってこい!」
それを聞いたフィーとジコウは同時に走り出し、正面から突っ込んで行く。
「目に物見せて……!」
フィーは走りながら吐き捨てる様に呟くと、空竜に接近して飛び掛った。同時にジコウも飛び掛り、フィーは右手を、ジコウは左手を引いて攻撃の準備動作を行った。
しかしこの時、フィーとジコウは互いの距離が近すぎ、攻撃動作に移った時に互いの手がもつれ合ってしまった。空竜は直前でバックステップをして距離を取っていたが、二頭の攻撃は繰り出される事なく不発に終わり、それぞれ姿勢を崩しながら着地すると、互いににらみ合った。
「ちょっと! 邪魔しないでよ!!」
「邪魔したのは、そっちだろう!!」
先に声を荒げたフィーに、珍しく声を荒げ返すジコウ。一連の動きと様子を後方から見ていたショーナは、更に危機感を覚えていた。
(ダ……ダメだ……! こんな事では……!)
彼らに相対する空竜も、真剣な表情をしながら、そのやり取りを見て思う。
(チームとしての動きが、まるで出来ていないな……。独立派の若者とはいえ、訓練は受けているハズだが……。まぁいい)
空竜は考えるのを止め、フィーとジコウに急接近した。それを後方から見ていたショーナは、大声で警告を飛ばす。
「敵接近!! 回避ーーっ!!」
ショーナの警告にはっとしたフィーとジコウは、慌てて空竜に目を向け、互いに別方向へとバックステップをして空竜と距離を取った。しかし……
「遅いっ!」
空竜は二頭の間に突っ込んだ後、右に90度向きを変えつつ、ジコウに対し尻尾で足払いを仕掛けた。ジコウはバックステップの着地直後で回避が出来ず、その攻撃をもろに受け転倒。
フィーは素早くバックステップから切り返し、空竜に再接近して右手を首に向けて突き出す。しかし、空竜は瞬時にフィーの左側面へ最低限のステップをして回避しつつ、フィーの首に右手のツメを突き付けた。
「あっ……!!」
「これで君は終わりだ」
目を見開いて驚いていたフィーに、一言告げた空竜。その後方ではジコウが起き上がりつつ、空竜の後ろから攻撃を仕掛けようと動き出そうとしていた。
しかし、ジコウの動きを見切っていた空竜は、自身の尻尾の先をジコウの喉下に突き付けつつ、少し振り向いて彼に目を向けると、
「君も……これで終わりだ」
そう一言告げる。そして、ショーナに顔を向けると、鋭い目付きをして言う。
「さて……、残るは君だけだ」
「くっ……!」
顔をしかめるショーナに、空竜は猛然とダッシュして接近した。
(……速いっ!)
ショーナはカウンターを狙う為、その場から動く事無く、空竜を待ち受けた。空竜がショーナの目前まで迫った時だった。ショーナはその空竜を、目の前にして一瞬見失ってしまったのだ。
(……消えた!? バカなっ!!)
そう思っていた次の瞬間、ショーナの左側に姿を現した空竜は、右手をショーナの首目掛けて突き出そうという所だった。
それが視界の隅に入ったショーナは、反射的に左の翼を盾にし、その攻撃を防ぐ。空竜のツメが当たった瞬間、バリアがその周辺を覆って光り、同じくして彼の魔角も光りを放った。
(何っ……!? バリアだとっ……!?)
空竜はショーナのバリアを見て、目を見開いて驚いた。彼は慌ててバックステップをして距離を取る。
一方のショーナは、先程の空竜の動きを振り返っていた。
(あのドラゴン……、さっき消えたぞ……!? どういう事だ……!?)
ショーナがそんな事を考えていると、空竜が思い掛けない事を口にする。
「……ここまでにしておこう! ……君達は、もう戻りなさい」
「えっ……!?」
「今、ここを出発すれば……日暮れまでに独立派まで戻れるハズだ」
「でも……! オレ達は……!」
ショーナは真剣な表情で言葉を続けようとしたが、空竜は言葉を待たずに続ける。
「先の話を出すのであれば、今の君達では……私には勝てない。すまないが、道を譲る事は出来ない。……戻りなさい」
「そんな……!」
空竜は真剣な表情でショーナに訴え、当のショーナは呆然として一声漏らすのだった。




