『遠征』 その8
「それで……。私から見た感じですと、ここまでは順調……といった所ですか?」
「そうで……」
「違います」
翼竜の質問に答えたショーナを、横からフィーが遮った。ショーナははっとしながらフィーに目を向け、その言葉の真意を問う。
「フィー……? ここまで、特に大きな問題は無かったと思うけど……」
「あったわよ!」
「そう……かなぁ……?」
ショーナは顔をしかめながら、目を上に向けて考える。すると、フィーは思い掛けない事を翼竜に訴えた。
「酸っぱかったです、木の実……!」
「…………」
それを聞いたショーナは思わず苦笑いをし、呆れて言葉を失った。
(平和な『問題』だなぁ……)
苦笑いをしながら、右手の指で顔を掻くショーナ。
フィーの訴えは突拍子も無い物だったが、その翼竜は微笑んで優しく答える。
「確かに、ここにある木の実は……ほとんど酸っぱい木の実ですよね。私も……疲れた時や、少しお腹が空いた時は、時々ここの木の実を食べていますが……、酸っぱいですよね」
そう言いつつ、翼竜もフィーに苦笑いを向け、更に続ける。
「過酷な環境には、強い生物しか生息出来ない……という事を考えると、酸っぱい木の実ばかりというのも、どこか腑に落ちる気はしますね」
「あ……なるほど……」
翼竜の言葉に、ショーナは納得して一声漏らしていた。そこに、不機嫌そうなフィーの声が響く。
「……なに納得してるのよ、聖竜サマ」
「えっ……?」
「こんな酸っぱい木の実ばかりじゃ、ここで食料調達出来ないじゃない……!」
「……オレは酸っぱいの、好きだけど……」
「そんな事、聞いてないけど……!」
苦笑いをしながら答えたショーナに、フィーはあからさまに不機嫌な顔をし、にらむ様に半眼をショーナに向けた。
そのやり取りを微笑ましく見ていた翼竜は、二頭の会話が途切れたタイミングで口を開く。
「……ウワサ通り、お二方は仲がいいんですね」
「えっ……!?」
想定外の言葉に、ショーナとフィーは互いにぎょっとして、同時に一声漏らしながら翼竜に顔を向けた。
「我々が帰還したら、『旅路と恋路は順調でした』と、ジョイ隊長に報告しておきますね」
「えっ!? ちょ、ちょっと……!!」
満面の笑みで言った翼竜に、普段は平然としていたフィーも今回ばかりは慌てたのか、ショーナと同時に翼竜に声を掛けていた。
顔を赤くして慌てる二頭に、翼竜は満面の笑みで付け加える。
「……大丈夫です、冗談ですから」
それを聞いた二頭は同時に鼻でため息を吐くと、まるで照れ隠しをするかの様に、互いに反対側へ少しだけ顔と目を逸らす。
「……やはり、お二方は仲がいいですね。……まだお若いのに、羨ましいです」
満面の笑みで言う翼竜の言葉を聞き、ショーナは相変わらずの表情のまま、思う所があった。
(……知らない小隊長からも、いじられるなんてなぁ……。そういう意味では、『聖竜様』っていうのも……ちょっと考え物だよなぁ……)
気まずそうに、まだ赤い顔を右手の指で掻く。
(それにしても……母さんといい、この小隊長といい……。この世界のドラゴンって、冗談好きなのか……?)
ショーナが少し呆れながら苦笑いをしていると、翼竜が口を開いた。
「……では、そろそろ我々は出発します。今、出発すれば……昼前には着きますからね」
その言葉に、ショーナとフィーは翼竜に顔を向け、その翼竜は更に言葉を続ける。
「お三方、道中お気を付けて。……それでは」
そう言うと、翼竜は羽ばたいて飛び立った。それに続く様に、残りの翼竜二頭も飛び立ち、その向こう側では地竜達が荷車を引いて、ショーナ達が通ってきた一本道へと歩みを進めていた。
飛び立つ翼竜を見送ったショーナは、ふと思う。
(……変な報告、されないだろうなぁ……)
苦笑いをしていたショーナだったが、鼻で小さくため息を吐きながら気持ちを切り替えると、フィーとジコウに向かって声を上げる。
「……よし! オレ達も行こう!」
フィーは微笑んでうなずき、ジコウは木陰で立ち上がると、ショーナとフィーの側へと歩く。
(今、出発すれば……昼前に……か)
ショーナは先の翼竜の言葉を思い返しながら、地竜達が通ってきた一本道へと歩き出し、フィーとジコウも後ろに続いた。
オアシスを出てすぐに、ショーナはフィーに直掩を頼むと、フィーは空へと上がって水平飛行に移る。ショーナとジコウは黙々と歩き、オアシスに入る前と同じ様に荒野を移動していった。唯一違っていた事は、目指す目標が友好派周辺の林という事だけだった。
かすみ掛かった空の真上に太陽が昇る頃、ショーナ達は友好派周辺の林に近付いていた。
「ねぇ、そろそろ降りる?」
高度を下げ、ショーナの左側で並行して飛ぶフィーは、彼に指示を仰いでいた。
「いや、ちょっと待って。……最後に一仕事だけ頼めるかな」
「なあに?」
「林の向こうの状況を知りたい。……一度、高度を上げて、林の向こうがどうなっているのかを確認して、教えてほしい」
「オッケー!」
ショーナに得意顔で返事をしたフィーは、力強く何度も羽ばたいて一気に高度を上げ、ショーナ達から少し先行する形で林の先を確認した。その様子を、歩きながら目で追うショーナ。
しばらくすると、フィーは急旋回してショーナ達の後方まで移動し、再び急旋回をして向きを変え、ショーナ達の後方から高度を下げながら戻ってきた。そして、再びショーナの左側低空で並行すると、自身が見た事をショーナに報告した。
「林の一本道を抜けると、その先は集落まで少し野原が広がってる。……そんなに広くはないみたいだから、林を抜けたら集落まで目と鼻の先よ。それと、私達の集落みたいに湖があるみたい」
「……分かった。ありがとう、フィー。もう降りていいよ」
「オッケー!」
ショーナの言葉を聞いたフィーは、体を起こしながら翼を立てて減速し、後ろ足から順番に着地してショーナの左後方で歩きに加わった。
(この林を抜けたら……友好派の集落か……。いよいよだな……)
荒野を渡り切り、林の一本道へ入ろうとするショーナは、無事にここまで来れた事への安堵感や、友好派の集落への期待感で一杯だった。それでも、最後まで気を抜かない様にと、彼は真剣な表情を崩さずに歩き続ける。
林の一本道に入り、少し進んだ所で、フィーが何かに気付いて声を上げた。
「ねぇ、あれ!」
その声に、ショーナは歩きながらフィーへと目を向けたが、フィーが上空に顔を向けていた事で、彼も同じ方へと目を向けた。その先には一頭のドラゴンが飛行していたものの、すぐに集落がある方向へと身を翻し、飛び去っていった。
(何だ……? 偵察……か……?)
今の動きを疑問に思ったショーナ。
(友好派にも、独立派みたいな戦闘部隊があるのか……? 仮に偵察だとしても、たった一頭で……変な動きだったな……。まるで、オレ達を確認しに来たみたいな……)
顔をしかめながら考え、小さくなっていくドラゴンを目で追いつつも、ショーナは歩き続けた。しばらくして一本道を抜けると、辺りの視界が一気に広がり、再びフィーが声を上げる。
「あっ……! あれ……!」
「あれが……友好派の集落……!」
フィーに続いて、ショーナも声が漏れる。まだ集落に入った訳ではなかったが、ついにその一部を目にした彼らは一旦、足を止めた。
開けた野原を見渡しながら、そこから見える集落を見て、フィーはふと声を漏らす。
「あんまり……変わらないわね」
「……そうだね」
彼女の声に、ショーナは呟く様に一言だけ返すと、再び集落へと歩き出した。




