『遠征』 その6
「大体、あの子達は初めての外出なのよ!? それも友好派までの……! せめて空戦隊の一個小隊を直掩に付ける事ぐらい、してあげても良かったんじゃないの……!?」
険しい表情で憤るジョイに、エイラは微笑みつつも、少し呆れ気味に小声で返す。
「大げさですよ、ジョイ……。今は平時ですよ? それはさっき、あなたも言っていたではありませんか。……あの子達だけでも大丈夫ですよ」
「でも……!」
「日中であれば、そうそう闇の魔物は出てきません。仮に遭遇したとしても、今のあの子達であれば魔物とも十分に渡り合えます。……心配しすぎですよ、ジョイ」
「私からしてみれば、エイラは楽観的すぎるのよ! そもそも、あの子達は実戦経験すら無いのよ!? それで闇の魔物と遭遇しても渡り合えるだなんて、どうしてそんな事が言えるの……!?」
お互い小声ではあるものの、特にジョイは声に力がこもっていた。それに対し、エイラは落ち着いてジョイに答える。
「私は、あの子達をずっと見てきましたから。……今日までの訓練も、全て。……だから、大丈夫です」
「…………」
満面の笑みで答えたエイラに、ジョイは大きくため息を吐き、一歩下がると、真剣な表情をしながら改まった口調で声を張る。
「……空戦隊は全部隊、即応態勢で備えておきます。あの子達が帰還する可能性のある時間帯は、荒野方面の広域偵察も数を増やし、いかなる事態にも対応出来る様に備えます」
その言葉を聞いたエイラは、鼻で小さくため息を吐くと、微笑みながらも少し呆れ顔でジョイに一言言う。
「ジョイ隊長、大げさですよ?」
「……エイラ様に止められても、空戦隊は……あの子達の万が一に備えます。何かあってからでは遅いですから」
ジョイは最後まで真剣な表情を崩さず、そう言い切ってからすぐに羽ばたいて飛び立ち、エイラの下を後にした。
(変わりませんね、ジョイ……。いえ……、変わってしまったのかもしれませんね、あの時を境に……)
エイラは飛び行くジョイを見ながら、どこか寂しそうな表情を浮かべつつ思い、自身も砦へと戻っていった。
一方その頃、ショーナ達は集落周辺の林を抜けようとしていた――
少しかすみ掛かった空の下、荒野の手前で足を止めた三頭。眼前に広がる荒野を前にして、フィーがぽつりと呟いた。
「ここが……荒野……」
フィーの呟きを耳にしたショーナも、思う所があった。
(確かに……書庫長に聞いた通りだ……。草の一本さえ生えてない……。林を抜けた途端に、こんなにも急に景色が変わるとは……)
少し顔をしかめつつも真剣な表情で荒野を眺め、そして、意を決したショーナは、前を見ながら大きな声で言う。
「よし! ……行こう!」
ショーナは荒野へと足を踏み入れ、その左後方にフィーが、右後方にジコウが続く。ショーナはフォーロから言われた通り、遠方に小さく見えるオアシスを目指して歩みを進めていた。
少し歩いた所で、ショーナは歩きながら少しだけ左に振り向き、目をフィーに向けて彼女に声を掛ける。
「フィー、直掩をお願いしてもいい?」
「オッケー!」
どこか得意顔で一言返事をしたフィーは、軽やかに走り出して助走を付け始めた。ショーナを横から追い越して翼を広げると、
「じゃあ、また後でね! 聖竜サマ!」
そう言って力強く羽ばたき、飛び立った。フィーはそのまま何度も羽ばたいて、旋回しつつ高度を上げ、ショーナとジコウの上空で水平飛行へと移った。
それに目を向けていたショーナは、ふと思う。
(……やっぱり、飛べるっていいよな……。オレもそろそろ、飛ぶ練習……した方がいいかな……)
彼がそんな事を考えていた時だった。彼は突如、右後方から話し掛けられる。
「……ショーナ」
「え?」
はっとしたショーナは、歩きながら右後方へと目を向ける。その声の主はジコウだったが、普段、ジコウが自ら誰かに話し掛けるという事は稀だった為、ショーナは少し意外な表情で彼を見ていた。
(珍しいな……。ジコウから話し掛けてくるなんて……)
ショーナがそう思っていると、ジコウが言葉を続けた。しかし、その言葉の内容は突拍子も無い物だった。
「お前……。この生活……、楽しんでいるのか……?」
「……えっ?」
ジコウの質問に、ショーナは少し驚いて言葉を返す。
「じゃあ……、ジコウは楽しくないの……?」
「俺の事はどうだっていい」
「…………」
いつもの鋭い目付きでショーナに視線を送るジコウは、質問返しをしたショーナに一言だけ答え、それを聞いたショーナは少し言葉に詰まった。
(……変な事聞くなぁ……)
顔をしかめながらそう思っていると、ジコウが問い直してくる。
「……どうなんだ」
「オレは……楽しくやってるよ」
ジコウの質問内容に少し困惑していたものの、ショーナは彼に、端的に一言だけ答えた。その答えを聞いて、ジコウは更に踏み込んで質問を続けた。
「……どうして『聖竜』と呼ばれるのかも分からず、幼い頃からずっと特訓や訓練に明け暮れ、仕舞いには……あいつに振り回され……。
それでも……お前は……、今の生活が『楽しい』と言うのか……?」
その質問内容で、ショーナは何となくジコウの気持ちを察し、再び質問返しをする。
「じゃあ……、ジコウは……そういった毎日が嫌って事?」
「……言ったハズだ、俺の事はどうだっていいと」
「…………」
ジコウの言葉を聞き、ショーナは一旦、顔を前に向けた。
(……何か急だな……。こんな話、今まで……しそうな雰囲気さえ無かったのに……)
顔をしかめて考えていると、またもジコウが問い直してくる。
「……どうなんだ」
その言葉に、ショーナは再び振り返り、ジコウに微笑んで答える。
「……楽しいよ」
「…………そうか」
そう一言だけ呟いたジコウは、それ以上、言葉を続ける事は無かった。ショーナは再び前を向き、ジコウとの会話について少し考えている。
(ジコウって昔から寡黙だったし、それもあって会話も少なかったし……。物事を淡々とやってたというか……淡々と生活してたというか……。
何か……、何考えてるか分からない部分、あるんだよなぁ……)
そこまで考えたショーナだったが、見付からない答えについて考える事は止め、気持ちを切り替えてオアシスに向かって黙々と歩き続けた。
ショーナとジコウは黙々と歩き、その上空でフィーが直掩をして、随分と時間が経った。彼らはオアシスのすぐ近くまで来ていた。
「ねぇ、あれがオアシス?」
フィーはショーナの左側で、低速で低空飛行しながら並行し、ショーナに声を掛けていた。
「あぁ、そうだよ。あそこで一旦休憩しよう。ここまで来れば……フィーも、もう降りてきていいよ」
「オッケー」
返事をしたフィーは、体を起こして翼を立てると、更に減速して足から着地し、順番に手も着いてから翼を畳み、そのままショーナの左後方で歩きに加わった。
(思っていたより、随分と大きいんだな……オアシス……)
フィーが着陸している傍らで、ショーナは近付いたオアシスに目を向け、そんな事を考えていた。
(これを先代のドラゴン達が作ったのか……凄いな……)
草木が生い茂っていた為、外から水場そのものを見れた訳ではなかったが、その広さに驚いていたショーナ。
(もう少し……いや、もっと小さな池みたいな感じのを想像してたけど、この広さなら……集落にある湖と同じぐらいの水場が、中にあるのかもしれないな……)
そう考えながらオアシスを外から眺めていたショーナは、木々の間に獣道の様な一本道を見付け、それを指差して二頭に声を掛ける。
「よし、あそこから中に入ろう。水場に着いたら、しっかり休憩して……。そうしたら、友好派の集落に向けて出発しよう」
フィーとジコウはそれぞれうなずき、オアシスへと足を踏み入れるショーナの後に続いた。




