『遠征』 その4
「後は……、日が暮れてしまったら……でしたな」
「はい」
再び真剣な表情で返事をしたショーナ。フォーロはここまで、腕組みをして右手をアゴに添えた状態のまま話しをしていたが、その右手の指で少し顔を掻き、改まって話し始める。
「そうですな……。まず、ショーナ様には誤解をされてしまったかもしれないので、先にきちんと申し上げなければと思います」
「えっ……?」
「わたくしは、ショーナ様に『半日掛かる』……と、申しましたな」
「は……はい……」
「間違ってはいないのですが……。より正しく申し上げるなら、『四半日』……が、正しかったでしょうな。……申し訳ありません」
フォーロは腕組みを解き、腰掛けたままショーナに頭を下げる。それを見たショーナは慌てて立ち上がり、フォーロに言葉を返す。
「いやそんな……! 止めて下さいよ書庫長……! 別に間違っていた訳じゃないんですし……」
「確かに、間違っていた訳ではありませんが……。正しい表現となると、果たして……」
「いや……、書庫長……。オレは気にしていませんから……。続きをお願いします……」
ショーナは苦笑いをして、フォーロに声を掛けてから元の位置に腰を下ろす。そんなショーナに、フォーロは微笑んで言葉を返した。
「昔から、ショーナ様は優しいですな」
「……それは書庫長もですよ」
「……ありがたいお言葉です、ショーナ様」
フォーロは微笑んだまま軽く頭を下げると、再び腕組みをして右手をアゴに添え、改めて話を始める。
「……そう、正しくは『四半日』掛かるのです。朝に出発すれば昼に着き、昼に出発すれば夕方に着きます。ですので……昼を過ぎてからの出発は、到着が夜になってしまうかもしれない、という事ですな。
あちらに到着して集落を見て回り、それで時間が掛かった時は……、無理に出発すると、荒野の道中で夜を迎えてしまいます。それが一番危険です。
月明かりでは遠くまで見通せず、オアシスや集落周辺の林を目印にする事が出来ません。そのまま遭難の恐れもあります」
「…………」
ショーナは小さくうなりながら、鼻でため息を吐く。
「ですから、友好派での滞在で時間が掛かった時は、集落で泊めてもらって下さい。あちらにも砦があり、今では集落の長もおります。砦で泊めてもらって、その翌日、帰路に就くのが良いでしょうな」
「集落の……長……? 友好派の集落も、長がいるんですか?」
「左様。……とは言うものの、長という地位が出来たのは……まだ最近の事ではありますな。この独立派も、エイラ様が初めての長に就かれて、それと同じ時期に、友好派も初めての長が就任されたのです」
「し……知らなかった……。まさか、母さんが初めての長だったなんて……」
ショーナは、本来の話題から少し逸れた、別の内容から飛び出してきた意外な事実を知り、目を丸くして驚いていた。
「そうでしたか……。ショーナ様も、ご存知ありませんでしたか……。エイラ様も、なかなかお話しするタイミングが無かったのでしょうな」
(……前に母さんが『お話ししたい事、沢山あるんですが』って言ってたのは、これの事だったのか……?)
フォーロの言葉に、ショーナは少し難しい顔をして考えていた。
「ふむ……。これはまた、別の機会にお話ししましょう。今は……明日に備えるのが先決です」
「……そうですね」
ショーナは微笑んで、小さくうなずく。
「……はて、どこまでお話ししましたかな?」
フォーロは少し顔をしかめ、目を閉じて顔を若干上に向け、呟いた。
「え~っと……。滞在で時間が掛かった時は、集落で泊めてもらう……というお話でした」
「……ふむ、そうでしたな」
ショーナの言葉に、微笑んで彼の方を向いたフォーロは、話を続けた。
「そう。荒野を横断する前に日が暮れそうであれば、迷わずに泊めてもらって下さい。出発して日中の到着が間に合わないと気付いた場合は……オアシスで一夜を明かすのが良いでしょう」
「オアシスで……?」
「左様。今のオアシスであれば、草木も生い茂っておりますから、安全を確保して一夜を越す事が出来ます。
わたくしは直接見てはおりませんが、支援部隊の話ですと……木の実等もある様です。ちょっとした食料も確保出来るでしょうから、万が一の時はオアシスで一夜を越す事も、選択肢の一つとして覚えておいて下さい。ただ……申し上げた通り、友好派に泊めてもらうのが一番安全ですが……」
「……分かりました」
ショーナは真剣な表情でうなずく。
「……ショーナ様の疑問は、解決出来ましたかな?」
「……はい」
微笑んでうなずくショーナ。
「明日は……不安無く向かえそうですかな?」
「はい」
「……でしたら、大丈夫でしょうな」
微笑んでうなずきながら返事をしたショーナに、フォーロも微笑んで言葉を掛けた。そんなフォーロに、ショーナは丁寧にお礼を言う。
「ありがとうございました、書庫長。お話を聞くまでは、どうなる事かと思っていましたが……」
「お役に立てた様で何よりです」
「また……オレの相談に乗って頂けると……ありがたいです」
「えぇ、えぇ。いつでもお越し下さい。……わたくしは書庫の管理以外、やる事がありませんから。
ショーナ様とお話しするのは、いつも楽しみにしておりますよ」
「……ありがとうございます」
満面の笑みで言うフォーロに、少し照れながら微笑んで、もう一度お礼を言ったショーナ。
「では……そろそろオレは戻ります」
「えぇ。……この後はゆっくりして、明日に備えて下さい。……陸路は長旅になりますからな」
「はい、ありがとうございました」
ショーナは改めてお礼を言い、フォーロに頭を下げた。そして彼は立ち上がると、書庫の階段を上る。フォーロも立ち上がって彼の後に続き、砦に戻るショーナを見送った。
砦近くまで戻ってきたショーナは、そこから出てくるジャックとジョイを目にし、二頭に声を掛ける。
「ジャック隊長……!? ジョイ隊長……!?」
「ん? あぁ、ショーナか」
ショーナの声に二頭は振り向き、彼に言葉を返したのはジャックだった。
「何か……あったんですか?」
「フッ……。あぁ、あった」
ジャックが笑いながら一言発すると、その後にジョイも続き、低い声をショーナに向けた。
「全く……。本当に、あなた達は色々と規格外な事をしてくれるわね……」
「えっ……」
ジョイは半眼をショーナに向け、呆れながら話していた。
「エイラ様から聞いたわ。……自分達だけで、友好派の集落を見てみたい……と」
「あ……」
「何でも、フィーが言い出したそうね?」
「……そうです」
「…………」
ジョイはため息を吐く。返事をしていたショーナも、ジョイと同じ様な表情を浮かべていた事で、彼女はショーナの心境を悟った。
「……まぁ、どうせフィーに振り回されたんでしょう?」
「…………」
その一言に、ショーナは苦笑いをして、鼻で小さくため息を吐く。
「……そんな事だと思ったわ。……あなたとジコウは、そんな事を言い出す様な性格じゃないし」
「……まぁ、オレも気にはなっていましたけど、自分から言い出すにしても……もう少ししっかり準備とか下調べとかして、万全の状態で相談していたと思います」
「……そうでしょうね」
ジョイは再びため息を吐き、呆れながら一言だけ返した。そこにジャックが言葉を挟む。
「フッ……。まぁいいじゃないか、ジョイ。後は俺から話しておくから、先に戻って指導の続きを……」
「……指導もだけど、他に思う所があるの。……先に行かせてもらうわ、ジャック」
そう言うとジョイは羽ばたいて飛び立ち、急いでどこかへと飛び去った。それを見届けたジャックは、腕組みをしてショーナに話を始める。




