『遠征』 その2
ショーナとフィーのやり取りを微笑ましく見ていたエイラは、満面の笑みでショーナに声を掛ける。
「フフ……。そんなに怒らないで下さいよ、『聖竜サマ』」
「…………」
エイラの言葉に、ショーナはまだ赤い顔で苦々しい表情をすると、うなりながら大きくため息を吐く。
散々からかって満足したのか、エイラはフィーに微笑んで話を戻した。
「それで……その『聞きたい事』って、何ですか?」
「あ、はい。私達、友好派の集落を見てみたいと思って、それで……行ってみたいんです、明日」
「あら!」
エイラは微笑んだまま、少し目を見開いて一言言うと、再び満面の笑みでショーナに声を掛ける。
「あらあら、早速デートですか? 『聖竜サマ』」
「……母さん、ジコウも一緒だから……」
ショーナはエイラから顔を逸らしながら、苦々しい表情をしつつ右手で赤い顔を押さえ、呟く様に一言だけ返す。すると、その返事を聞いたエイラは、満面の笑みで突拍子も無い事を口にする。
「あら! ……じゃあ『三角関係』ですか? うかうかしてると、ジコウに取られちゃいますよ? 『聖竜サマ』」
「…………」
ショーナは再び、うなりながら大きなため息を吐いた。まだ彼の顔は赤い。
そのやり取りの最中、ここまで歩いてきたジコウが遅れて帰ってくる。それを目にしたエイラは、彼を満面の笑みで迎える。
「あら。おかえりなさい、ジコウ」
ジコウは表情を変える事無く、エイラに軽く頭を下げると、ショーナ達の横を歩いて砦の中へと向かう。エイラの横を通る際、ジコウは彼女に鋭い視線を向けて一言だけ小さく呟いた。
「……俺はそいつに興味は無い」
「あら……!」
ジコウは帰ってくる際、遠目からショーナ達のやり取りを見ながら歩いてきていた。その為、彼は先程の会話内容も分かっており、その意思表示をしていた。
普段からあまり意思表示をしなかったジコウが、珍しく自ら一言意思を示した事に、エイラは少し意外な表情をして一声漏らすも、すぐに満面の笑みでショーナの方を向き、彼に声を掛ける。
「じゃあ……ライバルいなくなっちゃいましたね、『聖竜サマ』」
「……母さん、本題進めて……。日が暮れるから……」
「フフ……、そうでしたね」
ショーナは相変わらずの表情で顔を逸らし、右手で赤みの残る顔を押さえつつエイラに話を促す。その間にジコウは自室へと戻っていき、彼がこの話に加わる事は無かった。
ショーナから話を促されたエイラは、二頭に微笑んで、改めて話を始めた。
「友好派の集落、見てみたいんですか?」
「はい!」
エイラに答えたのはフィーだった。その返事を聞き、エイラはフィーに顔を向けて続きを話す。
「あなた達もオトナになりましたし、訓練を受けて自衛出来る様にもなりましたから、私は一向に構いません。ただ……明日はダメですよ?」
「えっ……?」
「まずは、今日の疲れを癒してからです。明日はゆっくり休んで……明後日、友好派の集落に向かって下さい」
優しく諭す様にフィーに言うエイラ。
「でも……明後日だと、訓練が……」
「フフ……。大丈夫です、私から隊長達に伝えておきますから。それに……、疲れた体で、無理に訓練の無い日に行って、途中で倒れたら……その方が大変ですから」
「……分かりました」
エイラの言葉にフィーは納得していたが、ショーナはどこか納得出来ず、顔をしかめてエイラに問い掛ける。
「本当に……大丈夫なの? 母さん……」
「えぇ」
「でも……陸路だと、ここから半日掛かるって……」
「そうですよ」
「いや……、だから……母さん……」
ショーナの問いに、エイラは微笑みながら一言だけ返事をしていた。フィーと同じ様に、あまりにもあっけらかんと返事をしたエイラに、ショーナはついに苦笑いをし、ため息を吐いてから改めて続きを話す。
「母さん……。帰りの事とか、本当に大丈夫なの……?」
「帰りの事ですか? ……行って帰ってくるだけじゃないですか。心配する事なんて……」
「いや……だから……。半日掛かるって事は、一日で帰ってこれるか分からないって事で……。向こうに着いたとしても、こっちに帰るまでに日が暮れそうだったら……帰れなくなるでしょ?」
自身の言葉の真意がきちんと伝わっていないと感じたショーナは、エイラの言葉を遮って、顔をしかめながら少し呆れ気味に説明をした。
そんなショーナに、当のエイラは相変わらず微笑みながら平然として答える。
「じゃあ向こうで泊めてもらって、次の日に帰ればいいだけじゃないですか。……気にしすぎですよ、『聖竜サマ』」
「いや……そう簡単に……」
「だって『友好派』なんですから。……それに同属ですし」
「う~ん……」
ショーナは顔をしかめて下を向き、右手で頭を掻きながら思う。
(何か……さっきも同じ様な会話をした気が……)
そんなショーナを差し置いて、エイラはフィーに向かって満面の笑みで話を続けた。
「さぁ、そうと決まれば……今日はもう休みましょう」
「はい」
フィーの返事を聞いたエイラは、ショーナに満面の笑みを向けて続ける。
「もうすぐ暗くなりますから、フィーを送ってあげて下さいよ。『聖竜サマ』」
「……はい」
「フフ……。頼みましたよ、『聖竜サマ』」
そう言うと、エイラは彼らに背を向けて、砦の中へと戻っていった。
(……何か、母さん……。途中から……ずっとオレの事、『聖竜サマ』って言ってたなぁ……)
苦笑いをしながら右手の指で顔を掻き、そんな事を思ったショーナだったが、すぐにフィーの方を向いて話し掛けた。
「……じゃあ、送るよ」
「別に……私だけで帰れるけど?」
「そう言うなよ、母さんもああ言ってたんだし……」
その言葉を聞いたフィーは、にやりとしてショーナに流し目を向けると、少しわざとらしく言う。
「聖竜サマは……どうしたいのよ?」
「えっ……?」
「お母さんから言われたから、私を送るの?」
「……オレは……その……」
ショーナは顔を真っ赤にして、気まずそうに顔を逸らした。それを見たフィーは、鼻で小さくため息を吐くと、微笑みながら少し呆れた様な口調でショーナに言う。
「……聖竜サマって、本当に真面目よね。……あと素直」
「…………」
フィーの言葉に、うなりながらため息を吐くショーナ。彼はその赤い顔をフィーから逸らしたまま、目だけを彼女に向けて続ける。
「……送るよ。……送らせて……ほしい」
「……じゃあ、送ってもらおっかな」
ショーナの言葉に、フィーは微笑みながら顔を少し上に向け、下目になる様な目付きでショーナを見ると、わざとらしく言ってみせた。
その言葉に、ショーナは再び顔を逸らした方へ視線を戻すと、赤みの残る顔で気まずそうに、少し苦笑いをして言う。
「オレは……、フィーを守るって……言ったから……」
「……そうね」
「だから……その…………」
ショーナはここで言葉に詰まってしまった。彼の言葉を微笑んで聞いていたフィーは、ショーナが言葉に詰まってしまったのを感じ取ると、彼に声を掛ける。
「……行きましょ? 聖竜サマ。……暗くなっちゃう」
「えっ……? あ、あぁ……そうだね……」
「……ほら、ぐずぐずしてると置いてくわよ!」
「あっ……! ちょ、ちょっと……!」
フィーはそう言うや否や、軽やかに走り出した。ショーナも慌てて走り出すと、フィーの背中を追い掛けた。
「……送ってくれてありがと、聖竜サマ」
「あ、あぁ……」
自宅の扉の前で、ショーナの方を向いてお礼を言うフィー。一方のショーナは、
(送るというか……フィーを追い掛けただけというか……)
そんな事を考えながら、少し苦笑いをしていた。




