『遠征』 その1
ショーナ達が訓練に参加する様になってから半年程が経った。
ショーナとジコウはまだ飛ぶ事が出来ず、陸戦隊の訓練を継続していた。フィーは少しずつ自信を付け、時々、空戦隊の訓練に参加する様になり、飛行技術や空中での戦闘について学び始めていた。
そんな、ある日の訓練帰り――
「ねぇ! ちょっと提案があるんだけど!」
フィーはショーナとジコウの前に出て、彼らの方を向き話を始める。ショーナは立ち止まったが、ジコウはそれを気に留める事無く、歩を止めずに帰ろうとした。
「ジコウも聞いて」
フィーの制止にジコウは立ち止まり、目線を上に向けて鼻で小さくため息を吐くと、渋々フィーの話を聞く事にし、彼女の方に顔を向けた。
ジコウが話を聞く姿勢を見せた事で、フィーは意気揚々と話し始めた。
「ねぇ、支援部隊が荷車引いてるの……見た事ある?」
「え? あぁ……、あるよ。確か……二日に一度、友好派からの支援物資を運んできてるって聞いたけど……」
ショーナは突然の話題に、少しきょとんとしながら思い出す様にフィーに答え、そして質問し返す。
「それが……どうかした?」
「……気にならない?」
「『気にならない?』……?」
フィーの言葉の真意が分からなかったショーナは、顔をしかめて首をかしげ、彼女の言葉をそのまま返していた。
「気にならないの? 聖竜サマ」
「いや……フィー、ちょっと言ってる意味が……」
「そのままの意味よ。……友好派の集落、どんな所か気にならない?」
フィーが言葉を付け足した事で、ショーナはフィーが言いたい事を理解した。
「あぁ、そういう……。まぁ……気にはなるけど……。それが……どうかした?」
再び同じ言葉でフィーに聞き返したショーナだったが、彼女の次の言葉に驚く事になる。
「行ってみない? 私達で、友好派の集落」
「は……?」
微笑んで言うフィーとは対照的に、目を丸くして言葉を失うショーナ。
「だって気になるじゃない?」
「い……いや、フィー……! 自分が何言ってるのか、分かってる……!?」
「分かってるわよ。……聖竜サマこそ、どうしてそんなに驚いてるの?」
「いや……だからさ……」
ショーナは顔をしかめ、右手の指で顔を掻きながら続ける。
「オレ達は……集落の外に出た事は一度も無くて、それをいきなり、友好派の集落まで行こうだなんて……」
ショーナの言葉に、フィーはけろりとして言葉を返す。
「どうして? 行くだけじゃない」
「いや……フィー、あのさ……」
ショーナは一言言いながら顔を逸らし、更に顔をしかめて右手で頭を掻くと、フィーに顔を向け直して続きを話した。
「前に書庫長から聞いた事あるだろ? 友好派の集落まで、陸路で半日は掛かるって……」
「……だから?」
「いや……『だから?』じゃないよ。半日だよ?」
「……それで?」
「いや……だからさぁ……」
あまりにもあっけらかんと質問返しをするフィーに、ショーナはついに苦笑いをし、ため息を吐いてから改めて続きを話す。
「フィー……。帰りの事とか、ちゃんと考えた?」
「帰りの事? ……行って帰ってくるだけでしょ? 何をそんなに……」
「だから……。半日掛かるって事は、一日で帰ってこれるか分からないって事だぞ? 向こうに着いたとしても、こっちに帰るまでに日が暮れそうだったら……帰れなくなる」
自身の言葉の真意がきちんと伝わっていないと感じたショーナは、フィーの言葉を遮って、顔をしかめながら少し呆れ気味に説明をした。
そんなショーナに、当のフィーは相変わらず平然として答える。
「じゃあ向こうで泊めてもらって、次の日に帰ればいいだけでしょ? 気にしすぎよ、聖竜サマ」
「いや……そう簡単に……」
「だって『友好派』なんでしょ? 人間って生き物と友好関係を築くぐらいなら、独立派のドラゴンだって友好関係築いてくれるんじゃないの? 支援物資だってくれるんだし。……それに同属でしょ?」
「う~ん……」
フィーの強引な理屈に、ショーナは顔をしかめて下を向き、再び右手で頭を掻く。そんなショーナを気にも留めず、フィーは話を続けた。
「それで、行くの? 行かないの?」
「まぁ……フィーが行くなら……」
フィーの問い掛けに、ショーナは顔を向け直し、渋々承諾する。
「ジコウはどうするの?」
フィーはジコウに顔を向け、ここまで静観していたジコウに問う。ジコウは鋭い視線をフィーに向け、
「……ショーナが行くなら、俺も行こう」
その一言だけをフィーに返した。
二頭の答えを聞いたフィーは、再び意気揚々と話を始める。
「じゃあ決まりね! 明日の朝出発するから、寝坊しないでよね!」
「はあっ!? ちょっ……ちょっと待った!」
フィーの突拍子も無い言葉に驚いたショーナは、慌ててフィーを制止した。
「何よ、聖竜サマ」
「明日って……! いくら何でも急すぎるって!」
「どうして? 明日でも明後日でも変わらないわよ」
「そういう事を言ってるんじゃなくて……! 準備も下調べもしてないのに、いきなり明日出発するのは急ぎすぎだ、って言ってるんだって!
そもそも……無断で集落の外に出たら、皆が心配するし、後で何て言われるか……!」
事の重大さを理解していない様に感じたショーナは、真剣な表情をしてフィーに説いた。すると、フィーはショーナの言葉で何かを閃いたのか、微笑んで大きな声を出す。
「あっ! じゃあエイラ様に相談すればいいじゃない! ……行きましょ!」
そう言うと、フィーは軽やかに走って砦へと向かう。
「あっ……おい、フィー! あぁもう……全く……」
ショーナは顔をしかめて一言ぼやくと、フィーの後を追って走り出す。それを見ていたジコウは、鼻で小さくため息を吐くと、呆れ顔で砦へと歩いて向かった。
「あら! お帰りなさい、ショーナ。今日はフィーと一緒なんですね!」
砦の入り口でエイラに出迎えられたフィーとショーナ。満面の笑みを向けるエイラに、ショーナは不思議そうに問い掛ける。
「あれ……? 母さん……どうして……?」
「フフ……。そろそろ帰ってくる頃合だと思っていたんですよ」
(母さんって……、昔から時々……タイミングよく出迎えるよなぁ……)
エイラの言葉に、少し苦笑いをするショーナ。彼の隣で、会話が途切れるのを今か今かと待っていたフィーが、ここぞと声を上げた。
「エイラ様! 相談したい事があるんですけど……」
「あら、何ですか?」
微笑んで返したエイラだったが、次にフィーが口を開く前に、ショーナが割って入る。
「おい、フィー……! 本当に聞くつもりなのか……!?」
「えっ? ……別に、聞くだけでしょ?」
相変わらず、あっけらかんとして話すフィーに、ショーナは先程と同じ様に顔をしかめ、大きくため息を吐いた。それを見ていたエイラは、満面の笑みで彼の予想外の事を口にした。
「あらあら、もしかして……お付き合いですか?」
「えっ……!?」
ショーナは顔を赤くして、はっとエイラを見る。
「そうですか~、お付き合いですか~。楽しみですね~!」
「いやっ……! 母さん……!」
「パートナーになる日も近いですね~! 母さん、ず~っと楽しみに……」
「母さんっ!!」
満面の笑みで言うエイラに、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら大声で制止したショーナ。そのやり取りを隣で見ていたフィーは、エイラに便乗して、にやりとしながらショーナをからかう。
「……じゃあ付き合っちゃう? 聖竜サマ」
「……っ!! フィ……フィー!! そんな事を聞きに来た訳じゃないだろっ……!!」
「いいじゃない、別に。聖竜サマのお母さんも、こう言ってるんだし」
「い……いい訳無いだろっ!! さっさと聞きたい事聞けよっ……もうっ!!」
あまりの恥ずかしさに、ショーナは少し乱暴に言い放つと、二頭から顔を逸らして右手で乱暴に頭を掻いた。




