『新たなる一歩』 その3
(あら……? あの子は確か……)
エイラは立ちはだかったドラゴンを見ると足を止めた。後ろから続いていたショーナは、急にエイラが立ち止まったのを見て、横からエイラの顔を見上げる。
「母さ……?」
ショーナはエイラに声を掛けようとしたが、エイラが正面を見つめていた事で、自身もそちらに目を向けた。すると、そこにはショーナと同い年と思われる、翼を持った四足歩行の桜色のドラゴンが立っていた。
ショーナが自分の事に気付いたと知った桜色のドラゴンは、手足を少し左右に広げて体勢を低くする。その様子を見たエイラは、ショーナに優しく話し掛けた。
「ショーナ? あの子と模擬戦をしてみてはどうですか?」
「も……模擬戦……!?」
「あの子はやる気みたいですよ?」
そう言って笑顔を見せるエイラ。
「模擬戦って、どういう……?」
「模擬戦は、相手の致命ポジションを取った方の勝ちです。致命ポジションは、例えば……喉元にツメを突き付けたり、首にキバを立てたり……。あっ、ちゃんと寸止めして下さいね、模擬戦ですから」
(簡単に言うなぁ……)
ショーナは困惑した表情で桜色のドラゴンに目を向けた。そのドラゴンは、背部側は桜色の甲殻を持っていたが、腹部側は甲殻ではなく白色のウロコで覆われていた。桜色の顔にはライトグリーンの瞳が光り、じっとショーナを視線に捉えている。
(まぁ確かに……ウロコだと傷付けてケガしそうだし、寸止めしないとだけど……)
再びエイラに目を向けたショーナ。
「本当にやるの……?」
「いいじゃないですか、物は試しですよ?」
笑顔で答えるエイラに、渋々模擬戦をする事にしたショーナ。エイラの前に出て、その桜色のドラゴンに対面すると姿勢を低くした。
すると、周囲にいたドラゴン達がざわつき始める。
「おい……! 聖竜様が模擬戦をするみたいだぞ!」
「本当かっ!?」
「ほら、あれ見ろ!」
「おぉ! 本当だ! まだ出歩いて間もないのに、もう模擬戦をされるとは!」
周囲からの視線を浴びつつの模擬戦に、少しやりにくさを感じていたショーナだったが、それを忘れさせるかの様なエイラの大声が飛んだ。
「では行きますよ! ……始めっ!」
合図を聞くや否や、桜色のドラゴンはショーナに向かってダッシュし急接近。それを見たショーナは、慌てて右にサイドステップをして回避する。しかし、その回避行動を見た桜色のドラゴンは、左に向きを変える様にスライドターンをしたかと思うと、ステップ直後で次の判断に迷っていたショーナに低い姿勢のまま急接近。そのままの勢いでショーナの胸元に頭を突っ込み、強引に頭を上げてショーナを転倒させた。そして……
「はい、そこまで!」
エイラは二頭を止めた。転倒したショーナは、桜色のドラゴンから首にツメを突き付けられていた。
「私の勝ち!」
そのツメを引っ込めて、嬉しそうな声を上げる桜色の子。その声を聞いたショーナは、目を丸くして驚いた。
(お……女の子……!)
転倒したまま驚いていたショーナに、その女の子はどこか「したり顔」で声を掛けた。
「もしかして手加減してくれたの? 聖竜サマ?」
「…………」
彼女の振る舞いに、ただただ呆気に取られるだけだったショーナには、この場で返す言葉が見付からなかった。そんなショーナを気にも留めず、
「じゃあまたね! 聖竜サマ!」
そう言ったかと思うと、どこかへ走り去っていった。周囲のドラゴン達も再びざわつき出す。
「聖竜様、とても初めての模擬戦とは思えなかったな」
「あぁ、いい動きをされていたな」
「これは大きくなられたら楽しみだ……!」
「そういえば、あの桜色の子は……」
まだ横になったまま、そんな会話が耳に入ってきていたショーナ。
(女の子に負けた……か)
緊張の糸が切れたのか、呆然とそんな事を考えていた彼。そこにエイラが近付いて顔を覗き込むと、笑顔で語り掛けた。
「お疲れ様でした、ショーナ」
「…………」
「さぁ、今日はもう戻りましょうか」
そう言うと、エイラは鼻筋を使ってショーナの体を起こした。砦に向かって歩き出そうとしたエイラだったが、元気の無いショーナを見て優しく声を掛ける。
「ショーナ? 模擬戦の勝ち負けは気にしなくてもいいですよ?」
「…………」
暗い表情で少しうつむき加減のショーナに、エイラは笑顔で顔を擦り合わせて言う。
「初めての模擬戦、よく頑張ったじゃないですか」
「…………」
「ショーナ? 模擬戦は優劣を決める手段じゃないんです。戦い方を学び、研究する手段なんですよ? 負けたっていいんです」
そう言い終えると、エイラは顔を持ち上げた。
「さぁ、戻って休みましょう」
エイラは砦に向かって歩き始め、うつむき加減のままのショーナも彼女に続いた。
夜、就寝前――
「今日も色々ありましたね」
そう笑顔でショーナに語り掛けるエイラ。しかし、ショーナはまだ表情が明るくなっていない。
「明日はどんな事があるでしょうね?」
笑顔で話すエイラのその言葉に、ショーナは久々に口を開いた。
「明日……。母さん、明日なんだけど……」
「あら。……明日、どこか行きたい所がありますか?」
「明日、またあの桜色の子と模擬戦がしたい……」
久々に発した言葉が思い掛けない言葉だった事に、エイラは内心、少し驚きつつも喜んでいた。
「いいじゃないですか。……きっとまた会えますよ、その時に模擬戦してみましょうね」
満面の笑顔でショーナに答えたエイラだったが、ここで思い掛けない話を切り出した。
「フフ……。もしかして、あの子に『ほの字』ですか?」
「えっ……?」
この世界に生を受けて約半年、分からない事が多い中で必死に生活していた彼は、そういった感情は全くといって無かった。人間の時にドラゴンが好きだった彼は、もちろん今でもドラゴンが好きでいたが、そんな余裕は無かったのだ。
少し考えたショーナは、エイラの問いに答えた。
「今は……特にそういった事は……」
「いいじゃないですか、同い年なんですし」
満面の笑みで話すエイラに、ショーナは少したじろいだ。
「きっといいパートナーになりますよ!」
「母さん……、さすがにまだ早いんじゃ……」
少し恥ずかしそうにエイラの言葉を遮ったショーナ。それを見たエイラは微笑む。
「少しは気持ちも楽になりましたか?」
「えっ……?」
「模擬戦の後から、ずっと暗いままでしたからね」
その言葉で、ショーナははっとした。
(もしかして、母さんは気を紛らわそうと……?)
「さぁ、もう休みましょうか。夜更かしは体に良くありませんからね」
そう言って、エイラは部屋の明かりを消した。部屋は窓からの星明りが差し込むだけの暗闇となり、ショーナも色々あった一日を振り返りながら眠りに就いた。