『地下室』 その4
(やられた……)
苦々しい表情で顔を押さえているショーナに、エイラは笑いながら途切れ途切れに声を掛ける。
「昨日は……オバケ…………怖かったですもんね……」
ショーナは顔を押さえていた右手で、少し乱暴に頭を掻いた。
「寂しくなったら……いつでも……フフ……、戻ってきていいって……言ったじゃないですか……。あ~、お腹痛い……」
「…………」
エイラは目に涙を浮かべながら笑い続ける。すぐには返す言葉が見付からなかったショーナは、一旦ため息混じりにうなると、少し顔をしかめて呆れながら言葉を返した。
「母さん……。これ、四回目だよ……?」
そんなショーナに、エイラは右手の指で涙を拭いながら答える。
「フフ……、ほら……よく言うじゃないですか……。『四度目の正直』って……」
「…………言わないよ?」
エイラの言葉に、ショーナはきょとんとしながら突っ込んだ。
「じゃあ……、『二度ある事は三度ある』……ですね。フフ……」
「いや、母さん……。だからこれ、四度目だよね……?」
ショーナは苦笑いしながら突っ込む。
「フフ……。細かい事はいいじゃないですか」
エイラは満面の笑みでショーナに答えた。そのショーナは苦笑いをしつつ、ふと、ある事を考えていた。
(最近……イタズラ多いな、母さん……)
エイラから少し顔を逸らしたショーナは、若干、顔をしかめる。
(……オレと別々の部屋になって、寂しくなったのかな……。その時も……『寂しくなりますねぇ』って、言ってたぐらいだし……)
そんな事を考えていると、エイラは落ち着きを取り戻し、ショーナに声を掛けた。
「フフ……。じゃあ、食事にしましょうか」
「あ……はい……」
満面の笑みでそう言ったエイラは、先に部屋を出た。エイラの後にショーナも続く。
(……母さんがイタズラする理由、か……)
ショーナはエイラの後ろを歩きながら、しばらく顔をしかめていた。
その日の夕方――
「あら。どうしたんですか? ショーナ」
ショーナはエイラの部屋に足を運んでいた。自身の寝床で座っていたエイラは満面の笑みで向かえ、ショーナも微笑んでエイラに答える。
「ちょっと……今日は母さんの部屋で寝ようと思って……」
「フフ……。どうしたんですか? やっぱり、寂しくなっちゃったんですか?」
「そういう訳じゃないんだけど……」
ショーナは数日ぶりに、エイラの部屋にある自身の寝床で丸く座り込むと、彼女に微笑んだまま話を続ける。
「母さんの事が、ちょっと心配になって……」
「私の事が、ですか?」
きょとんとして言葉を返したエイラに、ショーナはうなずいて続けた。
「最近、母さんのイタズラがやけに多いなって思って、ちょっと考えてた。最初は……母さんが寂しくなったのかと思った。別々の部屋になった時、母さんは『寂しくなりますねぇ』って、言ってたから……」
「…………」
ショーナの話を、微笑んで静かに聞くエイラ。
「でも……、そうじゃない事に気付いた。母さんは……きっと……、退屈だったんじゃないかって……。
オレがコドモの頃、母さんは毎日、特訓に付き合ってくれてた。オレも母さんの部屋で過ごしていたから、その時の母さんには……話し相手がいた。
でも今は……オレと母さんは別々の部屋で過ごす事になったし、特訓は訓練に変わって、母さんは砦で待つ様になった。オレの父さんは……理由は分からないけど、この砦にはいないし、母さんと会っている感じもしないし……。
だから……それで気付いた。母さんは……退屈なんだろうなって」
ショーナの話を最後まで聞いたエイラは、微笑みながら目を閉じて少し下を向き、一言発する。
「ショーナは……本当に賢いですね……」
そう言うと、再びショーナに微笑んだ顔を向け、目を合わせる。
「長って……退屈なんですよ。集落の外には滅多に出る事は出来ないですし、集落の中を出歩けば、皆さんが気を使ってしまいますし……」
「……そんな事じゃないかと思ったよ」
「フフ……。ばれちゃいましたね」
エイラはそう言いながら、ショーナに満面の笑みを向けた。
「だって母さんって、どちらかと言えば活動的な方だと思うし。……でないと、オレがコドモの時に襲ってきた闇の魔物、あんな風に倒さないでしょ?」
「……よく見てますね、ショーナ」
「まぁ……、オレの母さんだから」
「…………」
ショーナの言葉に、エイラは嬉しそうに微笑む。
「それに……。はっきりと覚えてる訳じゃないけど、オレがタマゴから孵った時、母さんは……オレを咥えて飛んだんでしょ? オレを咥えて……この砦まで……。コドモを咥えて飛ぶなんて、活動的なドラゴンじゃないと、あまりやらないと思うし」
「……どうして、咥えたと分かるんですか? 孵化したばかりの子は、まだ目がはっきり見えないハズですよ? それに、ショーナには首に丈夫な甲殻があります。咥えられた感覚があったとは思えませんよ?」
エイラは微笑みながら、首をかしげてショーナに問う。
「……それは母さんが言った言葉で分かったんだよ。オレが初めて出歩いた日、母さんはオレに集落を見せてくれた。……背中に乗せて、空から。その時、母さんは……『乗るのが嫌なら、また咥える事になりますが』って、言ってたでしょ? 『また』って事は、その前に咥えてた事になる。……そうでしょ?」
「フフ……。その通りですよ、ショーナ。本当に……賢いですね」
微笑みながら的確な説明を続けたショーナに、エイラは満面の笑みで答え、近くに擦り寄ってから顔を擦り合わせた。そして顔を引っ込めたエイラは、意外な事を口にする。
「ショーナに……謝らないといけないですね」
「え?」
「あなたには……少し嫌な思いを……」
エイラがショーナから顔を逸らし、少し申し訳無さそうに微笑みながら、そう口にした時だった。ショーナはとっさに、目を閉じながら顔を擦り合わせる。エイラははっと目を開き、彼に視線を向けた。
「ショーナ……?」
「謝らないで……母さん……」
「…………」
ショーナは顔を付けたまま薄目を開け、微笑みながら言葉を続ける。
「確かに……煽られたりイタズラされたら、その時……思う所はあるけど……。でも……、母さんがイタズラしなくなったら……、母さんが……母さんじゃなくなる様で……。それはそれで……嫌だからさ……」
「ショーナ……」
その言葉を聞いたエイラは、目を閉じて微笑む。
「ありがとう……ショーナ……」
一言お礼を言ったエイラは顔を離し、互いに微笑み合い、目を合わせる。
「これでまた……沢山イタズラ出来ますね……」
「程々に頼むよ、母さん……」
そう言葉を交わすと、二頭は再び目を閉じて顔を擦り合わせた。顔を付け合った状態のまま、エイラが口を開く。
「本当は……ショーナにお話ししたい事、沢山あるんですが……」
「待つからさ……その時が来るまで……」
「ショーナ……」
「母さんを……信じてるから……」
「ありがとう……」
二頭は顔を離す。再び互いに微笑み合い、目を合わせると、エイラが一言付け加えた。
「でも……私は、ショーナがフィーとくっつくのは待ち切れないですけどね」
その言葉に、ショーナは少し顔を赤くしつつ、苦笑いをして答える。
「母さん……。言った側から、雰囲気台無しだよ……」
ショーナの突っ込みに、エイラは満面の笑みで答える。
「フフ……。好きなんですよ、雰囲気壊すの」
「母さん……」
エイラの言葉に、ショーナは相変わらず苦笑いをしながら、少し呆れていた。
「さぁ、そろそろ休みましょう。夜更かしすると……こわ~いオバケが……」
「母さん……。オバケの話は、もういいから……」
「フフ……。おやすみなさい、ショーナ」
「おやすみ、母さん」
エイラは部屋の明かりを消し、二頭は久々に同じ部屋で一夜を共にした。




