『地下室』 その2
「えっ……!? ま……また明かりがっ……!!」
「あら……!」
ショーナとエイラは、互いに驚いて声を上げていた。すると、そこにおどろおどろしい声が響き出した。
「いちま~い…………にま~い…………」
それを聞いたショーナはぎょっとして、慌ててエイラを制止する。
「ちょっ……ちょっと、母さん! さすがに止めてよ……!」
しかし、その声の主は数えるのを止めない。
「さんま~い…………よんま~い…………」
どこか先程のエイラの声とも違う低い声が、室内に響き渡る。
(こ……これは本当に、まずいかもしれない……!)
暗闇の中、ショーナは焦り出した。
「ごま~い…………ろくま~い…………」
(あ……明かりを! とにかく明かりを何とかしないとっ……!)
慌てふためくショーナは、暗闇の中を手探りで移動したが、まるで何も分からず焦りが募るばかり。不気味な声は相変わらず真っ暗な部屋に木霊している。
「ななま~い…………はちま~い…………」
(そ……そうだっ! 魔力をツメに集中すれば、ツメが光る……! その光で、部屋の明かりを点ける魔石を探せば……!)
今の状況に怖がりながらも、思考だけは冷静だった。ショーナは魔力の集中を試みるも……
(……ダメだ! 出来ない……! こ……こんな時に限って……!)
思考は冷静ではあったが、気持ちが動揺していたショーナは集中力が欠けた状態だった。気持ちが集中出来なければ、魔力を体の一部に集中させる事等、到底出来なかった。
「きゅうま~い…………。たりな~い…………いちまいたりな~い…………」
(や……やばいやばいやばいっ!)
今にも泣き出しそうな表情で、震える手で手探りに扉を探すショーナ。しかし、その声は待ってはくれなかった。
「おまえの…………こうかくを…………」
「ひっ……」
ショーナはその声が次第に近付いてきているのを感じ、その声がする方に顔を向け、ついには恐怖で固まってしまった。
次の瞬間、部屋の明かりが灯ると同時に、ショーナの目の前で、エイラが物凄い剣幕をしながら大きな声を発した。
「よこせーーーーっ!!」
「わぁぁぁぁっ!!」
ショーナは恐怖のあまり、その場で尻餅をつく。手足は震え、目には涙を浮かべ、口は半開きになってエイラに目を向けていた。
そのエイラはすぐに表情をほころばせたかと思うと、堪えきれなくなったのか、次第に声を出して笑い始めた。
「フフ……フフフフ……。アハハハハハハハッ!」
右手で腹を抱えながら、大きな声で笑い続けるエイラは、笑いながら途切れ途切れに声を発した。
「そんなに……驚かなくても…………いいじゃないですか……。あ~、お腹痛い……」
恐怖で目に涙を浮かべたショーナとは対照的に、エイラは笑いすぎて目に涙を浮かべ、それを右手の指で拭っている。
「ショーナは……ドラゴンなんですから……フフ……、オバケなんて……やっつけちゃえば……。お腹痛い……」
エイラは涙を拭った右手を、再び腹部へと持っていく。彼女は笑いすぎて腹部が痛くなり、言う事も言えない程になっていた。ショーナはそれを固まったまま見つつも、一言も発する事無く、まだ震えていた。
しばらくしてエイラが落ち着くと、満面の笑みでショーナに優しく声を掛ける。
「フフ……。でも不思議ですよ。ショーナはコドモの頃、闇の魔物は怖がらなかったのに、オバケには怖がるなんて……」
「…………」
ショーナはまだ気持ちが落ち着かず、エイラの言葉に、ため息混じりで小さくうなるのが限界だった。
「オバケ……、そんなに怖いんですか?」
「だって……」
ようやく落ち着き出したショーナは、目尻に涙を浮かべた顔をエイラに向け、声を震わせながら話した。
「だってオバケって……得体が知れないし……」
その言葉に、エイラは満面の笑みで答える。
「それは闇の魔物だって同じじゃないですか」
「でも……闇の魔物は実体があるし……」
「実体があるか無いかなんて、些細な違いじゃないですか。闇の魔物だって魔力の塊みたいな存在ですし、そう考えると……実体があるとも言い切れませんよ?」
「…………」
ショーナは再び、ため息混じりにうなる。そんなショーナに、エイラは満面の笑みのまま問い掛ける。
「じゃあ……実体があるオバケだったら、怖くないんですか?」
「それは……」
暗い表情で目を逸らしたショーナ。
「フフ……。じゃあ、私が『実はオバケだったんですよ』って言ったら、ショーナはどうするんですか?」
「いや……母さん……、そんな訳無いでしょ……」
「あら、どうしてそう言い切れるんです?」
そう言うとエイラは、半眼で薄ら笑いを浮かべ、ショーナに顔を近付けながら低い声で言う。
「オバケかも……しれませんよ……?」
まだ冷静な判断が出来ない状態のショーナは、この言葉に顔を引きつらせながら身を引いていた。それを見たエイラは、またも笑い出してしまった。
「フフ……フフフフ……。アハハハハハハハッ!」
「…………」
大笑いするエイラを見て、ショーナはただただ大きくため息を吐く。エイラは右手で腹を抱え、笑いながら途切れ途切れに言葉を発し、ショーナに声を掛ける。
「私が……オバケなら……フフ……、ショーナも……オバケに……なっちゃうじゃないですか……。お腹痛い……」
再び笑いすぎて目に涙を浮かべたエイラは、それを右手の指で拭うと、すぐに痛がっている腹部へと戻した。
ひとしきり笑ってから落ち着いたエイラは、満面の笑みをショーナに向けて、優しく声を掛ける。
「ショーナはドラゴンなんですから……。オバケなんて、やっつけちゃえばいいんですよ?」
「でも……」
「大丈夫ですよ、ショーナ。……だってあなたは、私の子なんですから」
そう言ってエイラは、まだ暗い表情をするショーナに、目を閉じて顔を擦り合わせる。そのままの状態で、彼女は言葉を続けた。
「魔物もオバケも……同じ様なものですよ。そんなに怖がらなくても大丈夫です。あなたは……。……っ!!」
「えっ!?」
顔を擦り合わせながら話をしていたエイラが、急に真剣な表情をして顔を部屋の一角に素早く向けた為、ショーナも驚いて同じ方向に顔を向け、その場所を見る。しかし、そこには何も無い。
エイラはショーナに顔を向け直すと、満面の笑みで言った。
「フフ……。冗談ですよ」
「母さん……」
「さぁ、そろそろ戻りましょうか。……夜になったら、出るかもしれませんし」
「…………」
大きくため息を吐くショーナを尻目に、エイラはそう言って扉の方に歩き出した。しかし……
「……あら? どうしました? ショーナ」
ショーナは尻餅をついた状態のまま、その場から動こうとしなかった。それを不思議に思ったエイラは振り向き、彼に声を掛けていた。
当のショーナは……
(腰が……腰が抜けて……、立てない……)
何とか立とうとするも、手足が震えて上手く力が入らず、動く事が出来なかったのである。
(……ちょっと、やりすぎちゃいましたね……)
エイラは苦笑いをしながらショーナに歩み寄ると、
「さぁ、ショーナ。手を……」
そう言って、自身の右手で彼の右手をつかみ、
「よい……しょっ!」
掛け声と共に引っ張ると、その勢いで彼を立たせた。そして、彼に優しく微笑みながら声を掛ける。
「さぁ、もう戻って休みましょう。……歩けますか?」
「……はい」
それを聞いたエイラは扉に向かい、ショーナは力無く、ゆっくりとエイラの後に続いた。
ところが、扉の前に着いたエイラは何かを感じたかの様に、そこでぴたりと動きを止めると、真剣な表情でテーブルを挟んだ部屋の一角に顔を向け、一言発する。
「……ウワサをすれば……!」
その様子を後ろから見ていたショーナは、恐る恐る同じ方へと顔を向け、そして驚愕した。




