『地下室』 その1
地下に続く石造りの階段を下りていく二頭。エイラの後に続きながら、ショーナは彼女に問い掛ける。
「ねぇ、母さん」
「何ですか?」
エイラは行く先を見ながら、ショーナに答える。
「地下室って確か……会議室なんだよね?」
「そうですよ。……今は誰も使ってないので、中を見るのに調度いいと思ったんですよ」
「そう……なんだ……」
あまり言葉が続かなかったショーナは、昔の事を思い出していた。
(確か……コドモの頃に母さんから聞いた話だと……、地下室には……『こわ~いオバケ』が……出るとか出ないとか……言ってた様な……。だから、いつも誰かが地下に続く階段の前で見張りをして……って、話だったハズ……)
少し引きつった苦笑いをしつつ、それを自ら否定した。
(いや、まさか……。まさか……ねぇ……)
そんな事を考えて間も無く、エイラとショーナは階段を下り切り、地下室の扉の前に到着した。すると、エイラが満面の笑みをショーナに向けて話し出す。
「さぁ……中へどうぞ」
「えっ……? オレから……?」
「だって、地下室が気になっているのはショーナなんですから」
「まぁ……その……、母さんから入っていいよ? お……長だし……」
エイラの誘いに、引きつった苦笑いで尻込みをするショーナ。その動揺が、最後の言葉からあふれていた。
「フフ……。まぁいいじゃないですか、ショーナからどうぞ」
相変わらず満面の笑みを向け、エイラはショーナに先を譲る。ショーナは渋々、地下室の扉に手を掛けた。すると……
「あっ、ショーナ?」
「えっ?」
エイラが突如、ショーナに声を掛けた。
「ちゃんとノックしないと」
「えっ……? いや、母さん……。さっき『誰も使ってない』って、言ってたよね……?」
「でも、誰かいるかもしれませんよ?」
「い……いや……。誰も使ってないのに、誰かいる訳……」
苦笑いをして答えたショーナに、エイラは半眼で薄ら笑いを浮かべ、ショーナに顔を近付けて言う。
「例えば……こわ~いオバケとか……」
「…………」
エイラの言葉に、ショーナは引きつった苦笑いをしながら、ため息混じりにうなると、扉をノックしてゆっくりと開けた。地下室の中は真っ暗で何も見えず、ショーナは中に入る前にエイラに質問した。
「……母さん、明かりは……?」
「明かりを点ける魔石は、ショーナの側にありますよ」
エイラの言葉に周囲を確認したショーナは、自身の側の壁に魔石が埋め込まれているのを見付け、それに手をかざした。すると、地下室の中の明かりが灯り、室内が暖かい光に包まれた事で、ショーナは室内へと歩みを進めた。
「ここが……砦の地下室……」
部屋の中を歩きながら、きょろきょろと見回すショーナ。エイラも続いて部屋に入ると、地下室の扉を閉め、ショーナに声を掛ける。
「何も無いでしょう?」
「そう……だね……」
部屋に置かれていたのは、木製の四角いテーブルと、木製の丸イス。それ以外には何も無かった。
それらを見ていた時だった。急に部屋の明かりが消え、室内は真っ暗になってしまった。
「えっ……!? 明かりが……!!」
ショーナは驚いて慌てていたが、すぐに明かりが灯ると同時に、エイラはショーナに向かって目の前で大きな声を出した。
「わっ!!」
「わぁぁっ!!」
ショーナは驚きのあまり声を上げ、少し身を引いて右手を浮かせていた。それを見たエイラは、満面の笑みを浮かべて声を掛ける。
「フフ……。驚きました?」
エイラはショーナに気付かれない様、自身の尻尾を使って部屋の明かりを操作し、ショーナにイタズラを仕掛けていたのだった。
「なっ……何やってるの母さんっ!」
当のショーナは、動揺しながら大きな声でエイラに突っ込んでいたが、対するエイラは相変わらずの満面の笑みを向けて話し始めた。
「だって地下室は何も無いんですよ? じゃあ、何かイベントがあった方が楽しいじゃないですか」
「た……楽しいのは母さんだけでしょ! イタズラされる身にもなってよ……もう!」
まだ動揺が収まらないショーナは、少しきつめの言葉でエイラに訴えた。
「フフ……。そんなに怒らないで下さいよ、ショーナ。何もオバケが出た訳じゃ……。……っ!!」
「えっ!?」
エイラが話の最後で表情を一変させ、真剣な表情で素早く顔を部屋の一角に向けた事で、ショーナも驚いて同じ方に顔を向けた。しかし、そこには何も無い。
エイラは再びショーナの方に顔を向けると、満面の笑みで言った。
「フフ……、冗談ですよ」
「母さん……!」
呆れた表情で、右手で頭を掻いたショーナ。すると、エイラが思い出したかの様に話し始めた。
「あっ! そうでした!」
「えっ……?」
「そういえば、こんな話があるのを忘れてました」
(何か……嫌な予感が……)
ショーナは顔を引きつらせつつも、エイラの話に耳を傾けた。当のエイラは少し暗い表情をすると、雰囲気たっぷりに話を始める。
「昔……この砦に住んでいたドラゴンが、闇の魔物との戦いで命を落としたんです。そのドラゴンは首に十枚の甲殻があったんですが、首に致命傷を受けた時に、その一枚が欠損してしまったんです。
そして数日後……。夜になると、砦にはどこからともなく声が響く様になったんです。何かを数える声が……」
「…………」
ショーナは黙って話を聞き、エイラは更に話を続けた。
「その声は……この地下室から聞こえてきました。気になったドラゴンが恐る恐る地下室の前まで来てみると、その声がはっきり聞こえたんです。『いちま~い…………にま~い…………さんま~い…………』」
エイラは、「その声」と思われる部分は声を低く、ゆっくり話して、更に雰囲気を出しながら話を続ける。これを聞いたショーナは、ふと思う所があった。
(何か……どこかで聞いた事がある様な……)
顔を引きつらせつつも、少し苦笑いをしたショーナ。そんな事は構わず、エイラは話を続けた。
「『ななま~い…………はちま~い…………きゅうま~い…………。たりな~い…………いちまいたりな~い…………』
それを聞いていたドラゴンは、気になって扉を少し開け、中を見てみたんです。すると……そこには……! あの亡くなったドラゴンのオバケがいるではありませんか!
ドラゴンのオバケは、自身の首の甲殻を数えていたんです。……でも足りなかった。命を落とした時に、甲殻を一枚欠損していたから……」
「…………」
ショーナは小さくうなる。
「その時、扉の隙間から中を見ていたドラゴンは、そのオバケに気付かれてしまったんです。すると、そのオバケは血相を変えて、近付きながらこう言いました。『おまえの……こうかくを……よこせーーーーっ!!』……と。
中を見ていたドラゴンは、扉を閉めて命からがら逃げ出しました。しかし……、その後、その話を聞いた別のドラゴンが見に行って、オバケと鉢合わせてしまい……、翌朝、遺体となって発見されました。……首の甲殻が一枚、もぎ取られた状態で……」
エイラが話し終わると、ショーナは少し引きつった苦笑いをして思った。
(……何屋敷かなぁ……)
ショーナがそんな事を思っているとはつゆ知らず、エイラは満面の笑みをして話を締める。
「……そんな話が、あったとか、無かったとか」
その言葉に、ショーナは相変わらずの表情で、一言呟く。
「あ~……その~……。怖いというか……何か嫌……」
ショーナの言葉を聞いたエイラは、満面の笑みを向けて声を掛ける。
「ショーナも……甲殻が取られない様に、気を付けて下さいね」
「いや……母さん……、さすがに……そのオバケの話は……」
その時、再び部屋の明かりが急に消えた。




