『ブレスと格闘と』 その7
「よし! いいぞ、ジコウ! 戻ってこい!」
手前の的から動かなかったジコウは、すぐにジャックの下に戻ってきた。
「お前も利き手以外に魔力を集中させる事が出来る様になったな。近接戦闘が得意なお前には、心強い武器になるだろう。的を破壊した後のブレスも、ブレずにきちんと命中させていたしな。……初めてにしては見事だった」
腕組みをして微笑むジャックに、一礼を返したジコウ。それを見届けたジャックは、ショーナに顔を向けて話をする。
「待たせたな、ショーナ。……お前には最初から難易度を高くさせてもらうぞ」
「えっ……!?」
「どうせ後から『物足りない』となるだろう?」
ジャックの言葉に、ショーナは苦笑いをする。
「フッ……。まぁ心配するな、お前なら出来るだろう。……あぁそれと、お前はブレスの威力が弱いからな、的にブレスが当たったら破壊扱いとする。本当に壊そうとして、今の段階で何発も撃たれたら……たまらんからな」
それを聞いたショーナは、再び苦笑いをした。
「よし。……では準備をしろ、ショーナ。俺も準備をするから、指示があるまで待機しろ」
「分かりました」
会話を終えた二頭は、それぞれの場所に向かって移動を始めた。ジャックは射撃場を進み、ショーナは射撃位置まで走ると、後ろを向いて伏せて待機する。
(難易度を高く……か。遠距離射撃か、それともまた、丸太でも放るのか……)
ショーナがそんな事を考えていると、周囲のドラゴン達が少しざわめいた。その様子を不思議そうに見ていたショーナだったが、程無くしてジャックの声が響く。
「待たせたな! 始めるぞ!?」
「はい!」
後方から聞こえたジャックの声に、そのままの姿勢を保ち大声で返事をしたショーナ。
「よし! ……では、始めっ!」
ジャックの号令を聞いたショーナは素早く立って振り返るが、その瞬間、目を見開いて驚いた。
(なっ……!? ジャック隊長……!?)
立ち上がったショーナはすぐに的を見極めており、それは左手前と右奥に設置されていた。しかし、彼が驚いた理由は他にあった。右奥に設置された的の直前に、ジャックが腕組みをして立っていたのだ。彼はショーナから見て的の右三分の一と重なっており、的の中央は調度、彼の顔の高さと同じだった。
ショーナはとっさに左手前の的にブレスを撃つ。それが的のど真ん中に命中するや否や、すぐさま走り出し、右奥の的へと全速力で向かった。
そのショーナを、腕組みをしたまま真剣な表情でジャックは見守っている。
(なるほど……そうしたか……)
その考えが頭をよぎってすぐ、ジャックの後ろで的が音を立てて破壊された。ショーナが的に飛び掛かり、右手のツメでそれを破壊していたのだ。
ショーナは着地してすぐに四肢を踏ん張って急ブレーキをし、振り返ってジャックの方を向いた。ジャックは腕組みをしたそのままの姿勢で、背を向けたままショーナに話し掛ける。
「どうした? ショーナ。……お前にしては合理的とは言えないな。お前のブレスの精度なら、逆の狙いをした方が早かったハズだ。……理由を聞きたい」
「それは……、誤射の恐れがあったので……」
ショーナは顔をしかめながら、背を向けているジャックに答える。
(なるほどな……。正確だが慎重……といった所か。それとも、怖気付いた……か?)
ジャックはショーナに見えないながらも、顔を微笑ませていた。
「ショーナ! ではもし、俺の位置に『負傷した仲間』がいて、的が『闇の魔物』だったら、どうする?」
「それは……!」
「今の動きでは、仲間が助からんかもしれんぞ?」
「…………」
ジャックの言葉に、ショーナは顔をしかめてうなる。
「それとも……俺に当たったら怒られるかもしれないと、怖気付いているのか?」
「それは……」
「フッ……。まぁ、それはどうでもいい。それに、この距離であれば……例えお前のブレスといえど、避ける事は出来る。
……いいか、ショーナ。これは訓練だ。訓練で出来ん事は、実戦で出来ん。……俺に当たるかもしれないと気にして、撃たない選択を取るんじゃない。失敗を恐れるな」
そう言うと、ジャックは少しだけ顔を振り向け、目でショーナを見ると、背中を押す様に言葉を掛ける。
「もう一度やってみろ、ショーナ。……お前なら出来る」
「……はい!」
その温かい言葉に力強く返事をしたショーナは、走って射撃位置に戻っていった。それを見送ると、ジャックは周りで待機していた支援部隊に声を掛ける。
「よし、的を換えてくれ」
「はい!」
(……さて、どうなるかな)
ジャックは微笑んで、駆けていくショーナを見つめた。
ショーナは射撃位置に到着すると、そのまま後ろ向きに伏せて待機する。
(ああ返事はしたけど……)
彼は指示を待ちながら、少しばかり心配をしていた。本当に撃ってしまっていいのか、迷いが生じていたのだ。しかし、彼はすぐにそれを払拭する様に、気持ちを強く持ち直した。
(……いや、ダメだ! ジャック隊長は信じてくれている。……ここで引く訳にはいかない!)
ショーナは真剣な表情で力強い目付きをすると、程無くしてジャックの声が辺りに響く。
「準備はいいか!? ショーナ!」
「はい!」
ジャックの問いに、ショーナは先程と同じ様に、そのままの姿勢を保ち大声で返事をした。
「よし! ……では、始めっ!」
号令を聞いたショーナは、素早く立ち上がって振り返ると、的の位置を確認。右手前と左奥に設置された的は、左右の間隔は余り開いておらず、ジャックは左奥の的の右手前に腕組みをして立っており、先と同じ様に的の右三分の一に重なっていた。的の高さは、やはりジャックの顔の高さと同じに設定されていた。
(さぁ見せてみろ! 射撃の天才!)
ジャックは腕組みをしながら微笑み、ショーナの動きを見守る。
当のショーナは右手前の的に飛び掛かると、魔力を集中させた右手のツメでそれを破壊。着地して素早く体勢を整えると、左奥の的に瞬時に狙いを定めてブレスを発射した。ショーナのブレスは、いつもの様に快速で的に向かう。そしてそのブレスは、ジャックの顔をかすめて的のど真ん中に着弾し、小さく爆発した。それを見ていた周囲のドラゴン達は、一斉にどよめく。
ジャックも腕組みをしたまま、思わず大きな声で笑い声を上げ、ショーナを称えた。
「フッ……ハハハッ! そうだ、ショーナ! よくやった!!」
ジャックの声を聞き、ショーナは安堵して一息吐いた。その顔からは達成感がにじみ出ていた。
ショーナとジャックは元の位置に戻り、ジャックはフィーとジコウも交えて話を始める。
「見事だった、ショーナ。……お前なら出来ると信じていたぞ」
「……ありがとうございます」
腕組みをしながら話すジャックの言葉に、ショーナは少し照れながら返した。ジャックはフィーとジコウにも顔を向け、二頭に対しても言葉を掛ける。
「ショーナだけじゃない。お前達も、訓練初日から随分と成長したな」
ジコウは相変わらず無表情だったが、フィーは少し表情がほころんでいた。
「とりあえず、これで基礎的な部分はやったからな。次回からは……そうだな、フィーはジョイの所に行くか?」
「えっ……?」
「確かお前は飛べるという話だったからな。……まぁ、どうするかは今決めなくてもいい。明後日の訓練で聞こう」
「分かりました」
フィーは返事をしながらうなずく。
「ショーナとジコウは……、もう少しブレスや格闘を磨くとしよう。少しずつブレスも数を増やして、訓練の強度も上げていこうと思う。……いきなり数を増やすと倒れるからな。少しずつ増やして、少しでも慣れておいてもらいたい」
ショーナとジコウは、それぞれうなずく。
「もしフィーも、このまま残るのであれば……同じ様に続けるからな」
その言葉に、フィーも静かにうなずいた。
「よし。……では、今日の訓練は以上だ。……お疲れさん」
「ありがとうございました!」
ショーナとフィーは大きな声でお礼を言うと一礼し、ジコウは静かに一礼。三頭は訓練場を後にし、ジャックは腕組みをして微笑みながら、彼らを見送った。




