『ブレスと格闘と』 その2
「……よし。では、今回は自主性を尊重しよう。最初にやりたい者がいれば名乗り出ろ」
「オレが……」
「……私がやります」
ショーナの声を遮り、フィーが名乗り出た。二頭の声が重なった事で、ジャックはショーナに確認する。
「なるほど、フィーか……。どうする? ショーナ」
「では……今回はフィーのお手並み拝見という事で」
ショーナは二日前にフィーに言われた言葉を、そっくりそのまま、フィーに向かって微笑んで言ってみせた。当のフィーは、少し不満気味に吐く。
「……何よ、余裕そうね? 聖竜サマ」
「……そう怒るなよ、フィー」
「別に怒ってないわよ。……当てればいいんでしょ? 当てれば……!」
(……怒ってるなぁ……)
彼女の不満気味な表情と、言葉の節々から感じられる不機嫌な言い方に、ショーナは苦笑いをして口をつぐんだ。
そのやり取りの最中、遠方からジャックに向かって声が飛ぶ。
「準備出来ました!」
「あぁ、ご苦労!」
ジャックが指示していた的の交換が、調度終わった所だった。ジャックが彼らを労うと、その彼らは射撃場の隅へと急いで離脱していった。
(何よ! 聖竜サマばっかり、いいかっこしちゃって……! 私だって……!)
口には出さなかったが、フィーは姿勢を低くして開始準備をしながら、そんな事を考え、
「隊長! 早く始めて下さい!」
少し感情が含まれた言葉で、ジャックに指示を仰いだ。そんな彼女を見たジャックは、腕組みをして言葉を掛ける。
「フィー。始めるのは構わんが、あまり感情的になるな。ただでさえお前は狙いが荒い。射撃は感情に左右される部分も大きい。……少し落ち着け」
「…………」
ジャックの言葉に、フィーは顔をしかめて黙り込んでしまった。
「……それで、本当に始めて大丈夫なんだな? フィー」
「……お願いします」
「……分かった。とにかく射撃は冷静に、落ち着いて狙う事だ。……いいな?」
「はい……」
ジャックへのフィーの返事は落ち着いている様に聞こえたが、その返事を聞いていたジャックは、彼女の心の内を見抜いていた。それでも、ジャックはそれ以上の言葉を掛ける事無く、訓練を始めた。
「よし! ……では、始めっ!」
ジャックの号令を聞き、フィーは勢いよく飛び出す。全力疾走で軽やかに走る彼女を、ジャックは腕組みをして真剣な表情で見ながら、エイラが口にした言葉を思い出していた。
(……長は『せっかちな子が……』とおっしゃっていたが……、本当にその通りだな……)
真剣な眼差しの先では、フィーが岩を左手でタッチし、飛び跳ねる様に向きを変えた所だった。
(あいつは身軽で動きが軽い、それはいい事だが……。射撃では撃ち急ぎすぎる。……狙いが定まり切っていないのに撃つのは、性格の悪い部分だろうな……)
射撃位置に向かって走るフィーを見ながら、ジャックは真剣な表情を崩さずに彼女を目で追った。
フィーは射撃位置の直前で少し跳ねる様にして、左に向きを変える予備動作を行うと、その動きを利用して、左手を軸に90度左へと向きを変えながらスライドターンを行う。横に滑りながら四肢を踏ん張ると、完全停止するや否や、すぐさま的に狙いを定めてブレスを撃った。
しかし、そのブレスは的に当たる事無く、的の右をかすめて外れてしまった。
「あぁっ……!」
ブレスが外れた事に一声漏れたフィーだったが、その現実を頭で理解すると、右手で拳を作り、それを地面に叩きつけて声を張り上げた。
「あぁ、もうっ! どうして当たらないのよっ!!」
キバをむき出し、物凄い剣幕で的をにらみ付けるフィー。その後方から、ジャックの指示が飛んだ。
「フィー。……とりあえず戻ってこい!」
「…………」
フィーは返事をする事無く、険しい表情をしたまま元いた場所まで走った。
不満が表情に表れたまま戻った彼女に、ジャックは腕組みをして諭す様に声を掛ける。
「フィー。お前が何故、的にブレスが当たらないか……。その理由は分かるか?」
「……狙いが荒いからと、隊長がおっしゃっていたので、それが理由だと思います」
言葉は冷静ではあったが、顔では不満が表れていたフィー。
「それもある。……気付いているかは分からんが、お前は『せっかち』すぎる。……撃ち急ぎすぎだ。自分では十分に狙いを定めているつもりかもしれんが、まだ早い。……他の連中よりワンテンポ早い。それが……」
「でも! 聖竜サマはもっと早く撃って、しかも正確に当てるじゃないですか!」
ジャックの言葉を遮り、フィーは少し感情をあらわにして訴えた。それに対し、ジャックは冷静にフィーを諭す。
「お前が出来る事の中に、ショーナが出来ない事もある。その反対も同じだ。ショーナが出来る事の中に、お前が出来ない事もある。……特に、ショーナの射撃速度と射撃精度は集落一だ。あの早さで狙いを定めて、ど真ん中に叩き込むなんて、この集落では誰も真似出来ん。
誰かと比べるんじゃない。自分のやり方を見付けて、そして……それを磨け。いつまでもショーナの射撃と比べていては、いつまで経っても成長しないぞ」
「……はい」
ジャックの言葉に、不満を通り超えて少し落ち込んでしまったフィー。目線を斜め下に向けて、意気消沈してしまった。
慰めのつもりではないものの、ジャックはフォローする様に言葉を続ける。
「……誰にでも得意不得意はある。特にお前達三頭は、それぞれ違った長所と短所を持っている。だから、お前達の中で比べ合っていても意味が無い。それぞれ出来る事と出来ない事が違うからな。
競い合う事もいいが、認め合う事も大事だ。お前達は気付いていないかもしれないが、お前達は……互いに出来る事と出来ない事を補い合っている。今は分からなくても、いつか気付く時が来るだろう。自分の事だけでなく、互いの事も、もっと理解して認める事は……今後、大事になってくるからな」
この言葉を、噛み締める様に聞いていたのはショーナだった。
(お互いの出来る事、出来ない事を理解して、認め合う事……か。でも確かに……言われてみれば、オレ達って皆、長所と短所が違ってるもんなぁ……)
そう考えていると、ジャックが一呼吸置いて話題を変えた。
「……よし、ではショーナ。今度はお前がやってみろ。……まぁ、お前なら『言わずもがな』といった所だがな」
「……はい!」
ジャックの言葉を聞き、ショーナは姿勢を低くして開始準備をする。
「準備はいい様だな。……では始めっ!」
ジャックの号令で、ショーナは勢いよく飛び出した。全力で岩まで走って接近すると、やや大回りをして速度を極力落とさない様にターンし、走りに合わせて岩を左手でタッチすると、再加速して射撃位置まで全力疾走する。
腕組みをしながら見ていたジャックは、その動きに関心していた。
(ほう? あまり見ないルート取りだな。大抵のヤツらは一直線に向かってタッチするが、わざわざ大回りをして速度を落とさない様に走るとは……。考えたな、ショーナ)
そのショーナは射撃位置手前まで来ていた。フィーとは違い、予備動作を行う事無く、走りに合わせて左手を軸にし、90度左に向きを変えながらスライドターンを行う。四肢を踏ん張り横滑りしながら狙いを定めると、停止前からブレスの発射準備をし、停止と同時にブレスを撃つ。そのブレスは快速で一直線に飛ぶと、的の中央に命中し小さく爆発、黒い焦げ跡を残した。
それを見ていた周囲のドラゴン達は、少しざわついていた。
「おい、見ろよ! またど真ん中だぞ!」
「どうして、あんなに早く撃って、ど真ん中に当てられるんだ……!?」
「そんなの決まってるだろ? 聖竜様が射撃の天才だからだよ!」
周囲の声は気にも留めず、ジャックはショーナを呼び戻す。
「よし! いいぞ、ショーナ! 戻ってこい!」
「はい!」
ショーナは急いで元の位置まで戻る。
「……相変わらず、ど真ん中だったな。やはり……お前には少し簡単か?」
「いえ、そういう訳では……」
ジャックの言葉に、ショーナは苦笑いをして言葉をにごした。
「ふむ、まぁいい。……ではジコウ、次はお前の番だ」
ジャックはジコウに顔を向ける。当のジコウも、ジャックの言葉を聞き、静かにうなずいて答える。




