『初めてのブレス』 その6
砦に戻ったショーナとジコウは、一緒に二階に上がると、そこで一言だけ交わした。
「じゃあ、お疲れ様! ジコウ」
「……あぁ」
ショーナの言葉に、小声で一言だけ答えたジコウは、早々に自室へと戻っていった。
(一匹オオカミ……か)
部屋に入っていくジコウを横目に、そんな事を思い出していたショーナ。そこに、とあるドラゴンの声が響く。
「お帰りなさい、ショーナ!」
はっと声のした方を見たショーナ。その声の主はエイラで、彼女は自身の部屋の中で丸くなって座っており、開かれた扉越しに大きな声でショーナに声を掛けていた。
ショーナはエイラの部屋に入りながら、彼女に答える。
「ただいま、母さん」
彼はエイラの側まで歩み寄った。そんな彼に、エイラは満面の笑みを向けて話し出した。
「聞きましたよ! ショーナ! 今日は初めてのブレスだったそうですね?」
「……はい」
「しかも百発百中だったそうじゃないですか?」
「え? ……あ、はい……」
「母さん、とっても嬉しいですよ!」
そう言うと、エイラはショーナに顔を擦り合わせた。しかし、当のショーナは少し不思議に思っていた。
(……やけに情報が早いなぁ……、伝達要員でもいたのかなぁ……)
ショーナはあまり顔に出さない様に、エイラを受け入れていた。しばらくすると、エイラは顔を引っ込めて満面の笑みで話を続ける。
「そうそう! 遠い的に当てたり、放り上げられた的に当てたり……。凄いじゃないですか、ショーナ!」
エイラの言葉に、さすがに疑問があふれてしまったショーナは、率直にそれをエイラにぶつける。
「母さん、何かやけに情報が早いし、しかも正確だけど……。どうして……?」
彼の質問に、エイラは満面の笑みをしたまま答える。
「フフ……。決まってるじゃないですか、私はこの集落の長だからですよ」
「それは……そうだけど……」
「フフ……。ちゃんと、見ていますからね」
そう言って、再び顔を擦り合わせるエイラ。
(……まぁ、誰かが見ていて、それを即座に報告している……って事は、長なら……有り得るか……)
完全には納得出来なかったショーナだったが、それでも、エイラの長としての立場を考えて、自分なりの結論を出していた。
エイラは顔を引っ込めると、ショーナに優しく語り掛ける。
「……さぁ、今日はもう休んで下さい。初めてのブレスを何発も撃ったんですから、体には魔力的な負荷が掛かっています。……ゆっくり休んで下さいね」
「……はい」
微笑んで言うエイラに対し、ショーナも微笑んで返事をした。すると、エイラが思い掛けない事を口にする。
「あっ、何でしたら、今日は私の部屋で休みます?」
「えっ? ……いや、自分の部屋で大丈夫だよ、母さん」
「あら、そうですか? もし体調が急変しても、それなら安心だと思ったのですが……」
初めは苦笑いをしていたショーナだったが、少し心配するエイラに、落ち着いて言葉を返す。
「大丈夫だよ、母さん。今、特に体調が悪いとかは無いし、訓練もブレスを五発撃っただけだから……」
「そうですか? ……では、私がショーナの部屋に……」
「母さん……。それ、一緒だよね……?」
ショーナは苦笑いをしてエイラに突っ込み、そのまま話を続ける。
「体調が急変したら、その時は誰か呼ぶから。……ね?」
「そうですか? ……まぁ、ショーナがそう言うなら……」
どこか残念そうな表情を見せるエイラに、ショーナは苦笑いを続けながら思う。
(……この機会に、一緒に寝たかったのかなぁ……。でも、別々の部屋になって、そんなに日にち経ってないけど……)
話題が調度一段落した所で、ショーナは話を切り上げる事にした。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻るよ」
「……分かりました、ゆっくり休んで下さいね」
「はい」
そう言うと、ショーナはエイラの部屋を後にした。しかし、部屋を出てすぐ、ショーナはエイラに呼び止められる。
「あっ、ショーナ?」
「え?」
ショーナは部屋の入り口から顔を出し、エイラを見た。
「体調が悪くなったら、いつでも戻ってきていいですからね」
「あ……はい……」
ショーナは苦笑いをして、一言だけ返事をして顔を引っ込めると、自室へと帰っていく。
(……やっぱり、一緒に寝たかったのかな……)
苦笑いをしながら、自室の扉を閉め、寝床で丸く座り込む。
(まぁ……ゆっくりするか……)
彼はそのまま、顔を下ろして眠りに就いた。
翌朝――
「ふあぁぁぁぁ~~~~…………あっ!?」
目が覚めたショーナは、丸くなりながら大きくあくびをしたが、その時、自身の尾の付け根付近に違和感を感じ、大きな声と共に、飛び上がる様に立ち上がってその場を離れた。すると、寝床に敷き詰められた藁の一部が濡れているのを目にし、目を見開いて仰天した。
(えっ……!? そんな……バカな……!?)
どう考えても、それは自身の粗相であるとしか思えなかったそれを目にし、ショーナは固まってしまった。
(オレ……もうオトナだぞ……。こんな事……あるハズが……)
ショーナは激しく動揺していたが、そこに扉をノックする音が聞こえ、続け様にエイラが扉越しに話し掛けてきた。
「ショーナ? 大きな声が聞こえましたが、大丈夫ですか?」
ショーナは慌てて寝床と扉の間に立って目隠しをし、扉を開けてエイラと顔を合わせ、少し引きつった笑顔で彼女に答える。
「あっ……! おはよう、母さん……!」
「ショーナ、何かありました? 大きな声が聞こえて……」
「あっ! あぁ、あれ! あれは、ちょっと……足がつっちゃって……。今はもう治まったから大丈夫だよ」
「……そうですか」
心配するエイラを部屋に入れまいと、部屋の入り口で受け答えを続けるショーナ。
「もう少し……部屋で休んでおきたいから、扉、閉めるね?」
「え? あら、そうですか……?」
半ば強引にエイラを締め出し、寝床の横に歩み寄ったショーナは、大きくため息を吐いた。
(それにしても……。どうするかな、これ……。運び出すにしても、燃やすにしても……色々と問題が……)
そんな事を考えていた時だった。
「ショーナ? 足がつるなら、お薬を…………あら!」
「……っ!?」
突然、扉を開けて部屋に入ってきたエイラに、完全に不意を突かれてしまい、ショーナは「それ」をエイラに見られてしまった。慌てて振り向くも、ショーナは口にする言葉さえ見付からず、ただ口を開いて驚くだけだった。
「あらあら……。やっぱりオネショしちゃったんですね」
「えっ……!?」
驚くショーナに、エイラは満面の笑みを向けて続けた。
「コドモの頃にお話ししたじゃないですか。『コドモがブレスや魔法を使うと、その夜オネショしちゃう』って」
「いや……でも……、オレ……もうオトナだし……」
「コドモとオトナの境界なんて、曖昧なものですよ?」
「そ……それは……」
エイラの説明を聞き、気まずそうに目を逸らしたショーナ。
「とりあえず……その……、片付けます……」
苦々しい表情をしながら、最後に一言だけ絞り出したショーナ。しかし、その脇で……
「フフ……、フフフフ……」
エイラが笑いを堪え切れずに、小さく失笑していた。それを横目で見たショーナは、暗い表情から次第に驚きの表情へと顔付きが変わり、一言だけエイラに問い掛ける。
「まさか……!? 母さん……!?」
「フフ……、アハハハハハハッ!」
それを聞いたエイラは、ついに堪え切れなくなり、右手で腹を抱えて大声で笑い始めてしまう。
「そうです……それは……フフ……、ただの水ですよ……」
笑いながら途切れ途切れに話すエイラに、ショーナは右手で顔を押さえ、大きくため息を吐いた。
(良かった……。いや、良かったのか……?)
自身の粗相ではない事が分かり、ショーナは胸をなで下ろした。
しばらくしてエイラが落ち着くと、ショーナは彼女に質問を投げ掛ける。
「それにしても……。今は別々の部屋なのに、どうやってイタズラなんて……」
「フフ……。そんなの簡単ですよ。そ~っと部屋に入って、そ~っと水を掛けて、そ~っと部屋から出たんですよ」
(シンプル……。シンプルなだけに、何か生々しいな……)
エイラの説明を聞き、ショーナは苦笑いをしながら右手の指で顔を掻いた。
「フフ……。元気出ました?」
「……むしろ、朝から疲れが……」
満面の笑みで話すエイラに、ショーナは苦笑いをしながら答える。
「フフ……。じゃあ食事にしましょうか」
「……はい」
「そうだ! 今日は『オフ』の日なんですよね? 久々に、一緒に散歩でも……」
二頭は話しながら部屋を後にした。




