『初めてのブレス』 その1
ショーナ達が初めて戦闘部隊に出向いてから二日――
(いよいよ……今日から訓練か……)
自室で真剣な表情をし、窓の外に目をやるショーナ。
(どんな事を……やるんだろうな……)
期待と不安が入り混じる中、部屋を後にした。
出発前にエイラに挨拶をと思ったショーナは、エイラの部屋を覗き込んだ。しかし、そこに彼女の姿は無い。
(……母さん、出掛けたのかな……)
仕方なく、彼は次にジコウの部屋へと向かった。一緒に訓練場に向かおうと、声を掛けようと思っていたからだ。
ジコウの部屋を覗き込んだショーナだったが、そこにジコウの姿は無い。
(ジコウもいないのか……。もう行ったのかな……)
誰とも会う事が出来なかった彼は、仕方なく砦の一階に下りてきょろきょろと給仕を探す。そこに彼女の声が響いた。
「あら、ショーナも出発ですか?」
声がした方を見たショーナは、砦の出入り口の外に立つエイラを目にし、彼女の下へと駆け寄った。
「母さん、こんな所に……」
「あら、どうかしたんですか?」
「いや……、出発の前に声を掛けようと思って……」
「フフ……。わざわざありがとう」
エイラは満面の笑みでショーナに答えた。
「そういえば、ジコウって……」
ショーナの問いの意味を察したエイラは、笑顔のまま彼に答える。
「えぇ、さっき出発しましたよ。その見送りをしていたんです」
「そう……。一緒に行こうかと思って、部屋を覗いたんだけど……」
エイラの答えを聞いたショーナは、残念そうに目を逸らした。
「フフ……。ジコウは一匹オオカミなんですよ」
「そうかもしれないけど……。これまで一緒に特訓してきたんだし、何も黙って自分だけで行かなくても……」
残念がるショーナに、エイラは優しく声を掛ける。
「……いいじゃないですか。ジコウにはジコウのペースがあるんですよ」
「そうだけど……」
「……ショーナも、ショーナのペースがあるでしょう?」
「まぁ……」
どこか元気の無い様子を見せるショーナに、エイラは満面の笑みで、少しおどけ気味に声を発した。
「私は、ショーナに早くフィーとくっついてもらいたいと思ってますけど、ショーナはマイペースじゃないですか」
「……っ!!」
「早くしないと、ジコウに取られちゃうかもしれませんよ~?」
エイラの言葉を聞いたショーナは、顔を赤くしてエイラに詰め寄ると、顔を近付け力む様なささやき声で彼女を制止する。
「ちょっと母さんっ!! ……周りの皆に聞こえるでしょ!?」
ショーナの反応を見たエイラは、満面の笑みをしたまま平然と彼に返す。
「いいじゃないですか、聞こえたって。……好きなんでしょう?」
「母さんっ!!」
ショーナの必死の静止に、エイラは笑って声を掛ける。
「フフ……。元気出ました?」
そう言うと、ショーナに顔を擦り合わせた。当のショーナは赤面しながら苦笑いをし、目を逸らすと、
(……元気が出るどころか、むしろ疲れが……)
鼻で小さくため息を吐いて、そんな事を思っていた。
エイラは顔を引っ込めると、満面の笑みでショーナを励ます。
「さぁ、元気出していきましょう。……フィーにかっこいい所、見せないといけないですからね!」
「……はい」
苦笑いをしながら返事をしつつ、ショーナは内心、ふと思った。
(……母さんの方が元気出てるかも……)
話が一段落した所で、ショーナは話題を変えた。
「じゃあ……そろそろ行くよ」
ショーナは微笑みながらエイラに声を掛けた。エイラを見つめるその目は、やる気に満ち溢れた力強さが感じられた。
「……えぇ。頑張って下さいね、ショーナ。……私は砦で待っていますから」
そう言うと、エイラは目を閉じてショーナに顔を擦り合わせた。ショーナも目を閉じてそれを受け入れ、親子はいつもの挨拶を終えた。
顔を引っ込めたエイラは優しく微笑むと、出発前の彼を励まして言う。
「ショーナ? あなたは今日から、また新しい一歩を踏み出す事になります。あまり気負わずに、楽しんで下さい。楽しむ事が……成長への近道ですから」
「……はい」
「あなたのこれまでの経験、きっと役に立ちますから、忘れないで下さいね。全ては……繋がっていますから」
「……はい」
エイラの言葉を胸に刻んだショーナは、これから行く先に向きを変えると、振り返って声を発した。
「じゃあ……行ってきます!」
そう言って、向き直って走り出そうとした時だった。
「あっ、ショーナ?」
「え?」
エイラは急に思い出したかの様に、ショーナを呼び止めた。その声に、彼も振り返る。
「ちゃんとフィーに、かっこいいアピールして下さいね!」
満面の笑みで付け加えられた言葉に、ショーナは苦笑いをして答える。
「母さん……、雰囲気台無しだよ……」
「フフ……。行ってらっしゃい、ショーナ」
「……行ってきます」
苦笑いをしながら受け答えた彼は、再び向き直ると勢いよく走り出し、訓練場へと向かった。
ショーナが訓練場に到着すると、既にフィーとジコウはジャックと向かい合っていた。ジャックの後方には、先日の様に多くのドラゴンが集まっている。
「おっ、ショーナも来たな」
ショーナに気付いたジャックが声を出すと、二頭もショーナに目を向けた。
「すみません、遅くなってしまって……」
「いや、皆そろったばかりだ。……大方、長と話し込んでいたんだろう?」
「……そうです」
ショーナは少し気まずそうに答えた。
「フッ……。気にするな、皆そんな事だろうと思っていたさ。お前は長の子だからな。……長といえど、我が子の事となれば……色々と気掛かりな事もあるだろう」
ジャックの言葉に、苦笑いをしたショーナ。
(まぁ……、その半分はフィーとの恋愛の事だと思うけど……)
ショーナがそんな事を考えていると、ジャックが早々に訓練についての話をしだした。
「……よし、では始めるとしよう。訓練初日だが、お前達に早速覚えてもらいたい事は『ブレス』だ。今のお前達は、これまでの特訓で最低限の近接戦闘は出来る。だが……それだけでは様々な状況に対応出来ん。特に中距離や遠距離の場合だ。
だからまず、今日からはブレスを重点的に訓練していく。いいな?」
ジャックの説明に、三頭はそれぞれうなずく。
「お前達がブレスを撃てる様になれば、とりあえず全ての距離で戦闘が出来る様になる。それに、ブレスは中距離以上でなければ使えない、という訳じゃない。場合によっては近距離でも使い道はある。最初に習得しておいて損は無いだろう」
(……ん?)
その説明を聞いたショーナは、少し違和感を感じて顔をしかめた。それに気付いたジャックは、彼に声を掛ける。
「どうしたショーナ。何か気になる事でもあったか?」
ジャックの声掛けに、はっとしたショーナ。
「あ、いえ……。些細な事なので……」
「ん? らしくないな。……些細な事でも潰すのが、お前のスタイルだろう? いいぞ、時間はあるから言ってみろ」
「あ、はい……。えっと……ブレスは『吐く』物だと思っていたので、『撃つ』というのが気になって……」
ショーナの疑問を聞いたジャックは、一旦笑ってから答えた。
「ハハハッ! お前らしいじゃないか! ……その疑問はもっともだ、ショーナ。だが……大抵のヤツらは気にもしないがな」
「そう……ですか……」
「あぁ。……だが、今のは大事な部分だ。折角だから、お前達にはきちんと説明しておこう」
そう言うと、ジャックは腕組みをして説明を始めた。




