『独立派 戦闘部隊』 その8
「でも……。今日のオレの言葉は、明らかにウソだって母さんも分かったでしょ? だから……」
「『だから』……、何ですか?」
「えっ……?」
「ショーナはウソを言ったかもしれませんけど、私は彼らにウソの説明はしませんでしたよ? 何が本当か、何がウソかなんて、見る部分、見る側によって変わってきます。
あの時ショーナが吐いたウソ、それは誰もウソだと知りません。私がもっともらしい事を言えば、それは本当の事になります。……本当の事になったでしょう?」
エイラの説明が、どうしても納得出来なかったショーナ。
「いやっ……! それは本当の事とは言わないよ……!」
「どうしてですか? だって私は、彼らにウソは言ってないんですよ?」
「だってそれは、オレのウソを誤魔化す為に、言葉をにごしただけで……」
「フフ……。細かい事は気にしなくてもいいんですよ、ショーナ。……皆、納得してたじゃないですか」
「…………」
ここまで満面の笑みで答え続けたエイラに、ショーナは言葉に詰まってうなると、難しい顔をして下を向き、頭を掻いた。
(母さんって……、昔からこういう所はあるけど……。何か納得出来ないなぁ……)
そう思っていると、不意にエイラが声を掛けた。
「あっ、そうでした!」
ショーナは顔を上げて、エイラに顔を向ける。すると、エイラはどこかへ歩き出した。
「ショーナ? ちょっとこっちへ……」
「えっ……? あ、ちょっと母さん……!」
部屋を出たエイラを追い掛けたショーナは、エイラが左隣の部屋に入っていくのを目にし、急いで自身もその部屋に入った。
エイラは満面の笑みでショーナを見つめて、思い掛けない事を口にした。
「ショーナの部屋を用意したんですよ!」
「えっ……?」
「ショーナも、もうオトナですし……。そろそろ、自分の部屋が欲しい頃合だと思ったんですよ」
満面の笑みで話すエイラに、ショーナは少し苦笑いをして答える。
「いや、母さん……。自分の部屋が欲しいってのは、オレが小さい頃に言ってたよね……?」
「あら! そうでしたか?」
「その時、母さん……『寂しくなりますねぇ』って、言ったよね……」
「……………………そうでしたね!」
(……忘れてたのかなぁ……)
少し沈黙した時間が長かった事に、エイラが当時の事を忘れてしまっていたのではないかと思ったショーナは、少し呆れて苦笑いしていた。
「母さんが寂しがると思って、ずっと同じ部屋にいたんだけど……」
「あら! ……ショーナは本当に優しいんですね」
そう言って、エイラは顔を擦り合わせた。
「今日からは、この部屋が……あなたの部屋ですよ」
「……ありがとう、母さん」
顔を引っ込めたエイラに、微笑んでお礼を言うショーナ。
「でも……寂しくなりますねぇ……」
満面の笑みでエイラはそう言うと、再び顔を擦り合わせた。先程とは違い、今度は力強く顔を擦り付けている。これにはショーナも呆れ、
「いや……母さん……、隣の部屋だよね? 別に、砦から出る訳じゃ……」
そう言うものの、エイラは相変わらず満面の笑みで顔を擦り付けている。
(……オレがコドモの頃から、全然変わってないなぁ……)
ショーナは再び少し呆れて苦笑いをし、エイラを受け入れていた。
「寂しくなったら、いつでも戻ってきていいですからね」
「そ……そうするよ……」
そう言うと、ようやく顔を引っ込めたエイラ。そんな彼女の顔を見つつ、ショーナは苦笑いをして、ふと思った。
(むしろ、母さんの方がオレの部屋に来そう……)
そんな事を思っていると、エイラが口を開いた。
「では……私は部屋に戻りますね。……寂しくなりますねぇ……」
満面の笑みでそう言いながら、右手で涙を拭う仕草をするエイラ。それを見たショーナは、またも呆れて苦笑いをし、彼女に言葉を掛ける。
「……やっぱり、同じ部屋にいた方がいい……?」
「フフ……。ありがとう、ショーナ。
でも……、私の部屋だと、パートナーを呼べないでしょう?」
「パートナー……?」
「もちろんフィーの事ですよ」
「いや……母さん……。フィーはまだパートナーじゃないからさ……」
「でも、ショーナはフィーの事が好きなんでしょう?」
エイラの言葉に、顔を赤くして目を逸らすショーナ。
「フフ……。ちゃんと寝床も二つ用意してありますから」
「えっ!? ……あっ!!」
「楽しみですね~。……楽しみですね~!」
「ちょっ……ちょっと! 母さんっ!!」
「早くフィーに告白しちゃいましょうよ!」
「母さんっ!! あぁ……もう!」
エイラの煽りに、ショーナは顔を真っ赤にして、右手で顔を押さえる。そんなショーナを見て、エイラは声を出して笑い始めた。
「フフ……、フフフフ……。アハハハハハハッ!」
「…………!」
「ショーナは……本当に…………素直ですねぇ……」
右手で腹を抱えて大笑いするエイラは、笑いながら途切れ途切れに言葉を発した。そんな彼女を、まだ少し恥ずかしそうな表情が残る顔で見つめたショーナ。
「そんなに……恥ずかしがらなくても……いいじゃないですか……。あ~、お腹痛い……」
「母さん……」
笑いすぎて目に涙を浮かべながら、まだ笑いが収まらないエイラは、右手で涙を拭いながら話を続けた。
「今日、フィーも……フフ……、感付いていたじゃないですか……。今更、そんなに……恥ずかしがらなくても……」
「いや……それとこれとは……」
「言うだけじゃないですか、『好き』って……。フフ……」
「…………」
ショーナは気まずそうに目を逸らし、鼻で小さくため息を吐いた。まだ顔は赤い。
(ドラゴンの恋愛って……そういう物なのか……?)
この集落で、他のドラゴンの恋愛事情を見聞きした事が無かったショーナには、ドラゴンの恋愛がどういった物なのか判断が出来なかった。相変わらずの表情で考えていると、少し落ち着いたエイラが話を続けた。
「ショーナはコドモの頃から、かわいいままですね。フフ……」
「か……かわいいって……」
「だって、フィーの事になると、すぐ恥ずかしがるじゃないですか」
「そ……それは……!」
「ほら、また顔が赤くなった」
「…………!」
満面の笑みでショーナを茶化し続けるエイラ。
「フフ……。だから『かわいい』んですよ」
「…………」
「でも……、だからショーナが好きなんですけどね」
「か……母さん……!」
「フフ……」
再び顔を真っ赤にして、気まずそうな表情をしたショーナ。当のエイラは、散々茶化して満足したのか、ショーナの部屋を後にする。
「では……私は部屋に戻りますね」
「……はい」
部屋から出ていったエイラを見送ったショーナは、大きくため息を吐いた。しかし、彼が一息吐く間も無く、
「あっ、ショーナ?」
「えっ? あ、はい……」
エイラは開いていた扉から顔を出して、ショーナに声を掛ける。
「私の部屋の寝床は残しておくので、寂しくなったら、いつでも戻ってきていいですからね」
「あ……はい……」
彼女は満面の笑みでそう言うと、顔を引っ込めて戻っていった。再び大きくため息を吐いたショーナだったが、
「あっ、ショーナ?」
「えっ? 今度は何……?」
またも扉から顔を出すエイラ。
「さっき『まだ』って言ってたじゃないですか?」
「……まだ?」
「ほら、『フィーはまだパートナーじゃない』って」
「え? あぁ……まぁ……そうだけど……」
「『まだ』って事は、いつかパートナーになるって事ですよね?」
「……っ!!」
「フフ……。楽しみにしてますよ!」
彼女は満面の笑みでそう言うと顔を引っ込めた。顔を赤くしたショーナは、静かに扉を閉めると、寝床で丸くなりため息を吐く。
(母さんって昔から、恋愛話になると……途端にキラキラするんだよなぁ……)
苦々しい表情をしながら、そんな事を考えつつ部屋の明かりを消す。しかし、すぐに別の事が頭をよぎった。
(……まさか母さん……、『寂しい』って、突然入ってきたりしないよな……?)
そう思いつつも、静かに眠りに就いた。




