『新たなる一歩』 その1
ショーナがドラゴンとして生を受け、半年程が経った。
ドラゴンの成長スピードは人間と違うからか、ショーナは既に走れる程にまで成長。この半年で話す事も出来る様になり、エイラや砦の給仕達と少しずつ会話もしだしていた。ただ、四足歩行のドラゴンとして生まれた為か、まだ体の使い方が分からない部分もあり、翼もその一つだった。
この半年間、彼はずっとエイラと同じ部屋で生活し、時々部屋の外に出歩いたりしていたものの、その石造りの砦の外に出た事は一度も無かった。その間、たびたび砦の外で騒がしい事があったが、エイラが様子を見に出る事もあれば、ショーナに寄り添っている事もあった。
エイラの部屋は少し広かったが、寝床として藁が敷き詰められている以外、他の物は一切置いておらず、とても質素だった。ショーナはこの事をエイラに聞いたが、
「安全に過ごせる場所以外に、何か必要な物がありますか?」
と、笑顔で優しく答えるだけだった。
(そうか……、これがドラゴンの価値観なのか……)
がらんとした部屋を見回して、人間の頃の、物が多かった部屋を思い出すショーナ。
(鏡や時計さえも無いなんてなぁ……。これで生活が成り立つんだから、やっぱりドラゴンって人間とは違うんだな……)
ぼんやりと考えていたショーナの心を見抜いたのか、エイラがショーナに問い掛ける。
「退屈ですか? ショーナ」
「えっ……?」
「そろそろ見てみましょうか、外の世界を」
「それって……」
ショーナの返事に、エイラは優しく微笑む。
「明日の昼下がり、ちょっと散歩しに行きましょうか」
翌日、昼下がり――
「ショーナ、そろそろ行きますよ」
エイラは砦の出入り口で振り返り、ショーナを呼んだ。
(いよいよ……外に……!)
この集落に来た時の「お披露目」以降、砦の外は見ていなかったショーナ。初めてとなる外出に期待と緊張が入り混じる中、急いでエイラの下に走る。
エイラは、走ってきたショーナの緊張で強張った顔を見て、笑いながら優しく声を掛けた。
「フフ……。ショーナ、そんなに緊張しなくても、誰も噛み付いたりしませんよ」
「えっ……」
「大丈夫ですよ。怖くない、怖くない……」
そう言いながら、顔を擦り合わせるエイラ。
「ちょっと……母さん……!」
「ショーナ、あなたなら大丈夫。……さぁ、行きましょうか」
ショーナの緊張を解したエイラは、砦の出入り口から歩いて外に出る。そのエイラに続くショーナ。太陽の明るい光がショーナの目に飛び込み、彼は目を細めた。
目の前に広がったのは、大きな通りに石で作られた建物が規則正しく並ぶ光景。様々なドラゴンも行き来していた。
「エイラ様、今日はお出掛けですか?」
「えぇ、少し散歩でも……と」
「いいですね。今日は天気もいいですし、絶好の散歩日和ですよ」
砦から外に出て早々、エイラは周りのドラゴンから話し掛けられ、それに受け答えをしている。集落の長である彼女を知らない者はいない。
そんなエイラが出歩けば、たちまち注目の的となる。それは普段と同じ事だったが、今回は彼が後ろにいた事で、周囲が少しざわついた。
「あっ……あれを見ろ! 聖竜様だ!」
「おぉっ! 聖竜様だ! 聖竜様が出て来られたぞ……!」
「凄い……! もうあんなに大きくなられて……!」
「エイラ様に似て、優しくも精悍な顔立ちをされてるなぁ……」
周囲のドラゴン達はショーナの周りに集まってくる事は無かったが、ショーナは常に周囲から視線を浴びて落ち着く事が出来ない。ざわついている周囲のドラゴン達をきょろきょろと見渡しながら、エイラの後を追った。
「ショーナ?」
「は……はい?」
「手でも振ってあげたらどうでしょう?」
「えぇ……!?」
「きっと彼らも喜びますよ」
落ち着かない彼に対し、歩きながら振り向いて、唐突に笑顔で無茶を言うエイラ。
(そ……そうかなぁ……)
注目の的になっている中、平常心を保つのが大変ではあったショーナだったが、立ち止まると周囲のドラゴン達に向かって右手を小さく振ってみた。
「おぉぉーーーー!!」
「聖竜様が手を振ってくれたぞっ!!」
一瞬にして沸き立つ周りの者達。そして、それを見て驚くショーナ。
(おわっ! ……そんなに!?)
その反応を見届けると、先に進んでいたエイラの後ろに慌てて駆け寄った。追い付いてきたショーナに、エイラは再び笑顔で話す。
「喜んでもらえましたね!」
「まさか……あんなに喜ばれるとは……」
「この集落ではコドモは貴重ですからね。皆、ショーナの事を歓迎しているんですよ」
(コドモが……貴重……?)
エイラの言葉で周りを見回すショーナ。しかしどこを見ても、エイラが言う様に幼いドラゴンは見当たらない。
しばらく歩いて集落を見て回った後、ショーナは思い切って切り出す事にした。
「母さん、どうしてコドモが……」
「さぁ、今日はもう戻りましょうか。初めての散歩で、無理はいけませんからね」
ショーナの質問を遮る様に、エイラは砦に戻る事を告げる。
(ほとんどがオトナの集落……か)
帰り道、とある建物の側を通った時だった。
「これはこれは……エイラ様ではありませんか」
木製の扉を開けて建物から出てきた二足歩行のドラゴンは、エイラに挨拶をして近付いた。
「書庫長! お久しぶりですね!」
「えぇ、何ヶ月ぶりでしょうかね……おや?」
若草色の甲殻を持つそのドラゴンは、エイラの後方にいるショーナに気が付く。
「そうでしたな……エイラ様はコドモを授かって……」
「はい。……ショーナ、ご挨拶を」
「あ……はい。ショーナです、初めまして」
「初めまして、ショーナ様。わたくしはフォーロと申します。この書庫の責任者をしております、お見知り置きを」
フォーロは丁寧にお辞儀をした。
「ショーナ、書庫長はこの集落で一番の長老なんですよ」
「何かありましたら、ショーナ様のお力になれるかもしれません。……知識は自らの力になりますよ」
「書庫長、まだショーナに書物は早いですよ」
フォーロの言葉にエイラが笑って答えるが、どうやらフォーロの目には違って見えた様だ。
「わたくしには、そうは見えませんな……。まだ幼いのに、その振る舞いと出で立ち……。どこかオトナの風格が漂う……」
「おだて過ぎですよ書庫長。まだ半年なんですよ?」
「ふむ……」
エイラが謙遜する様にフォーロの言葉を遮ったが、そのフォーロの言葉にどこか見透かされた様な感じがしたショーナ。そんな彼を察してか、エイラはフォーロとの話を切り上げた。
「それでは、そろそろお暇しますね」
「えぇ。何かありましたら、またお越し下さい」
挨拶を終えたフォーロは建物の中に戻り、エイラとショーナは砦へと戻っていく。
ショーナ達を照らす太陽は傾きかけていた。




