『独立派 戦闘部隊』 その5
「フィー! 準備はいいか!?」
ジャックは大声でフィーに問い掛ける。
「いつでもどうぞ!」
対するフィーも、彼に大声で答えた。彼女は既に戦闘体勢を取って、模擬戦の開始を待ち構えていた。
「よし! ……では、始め!」
ジャックの合図を聞くと、フィーは勢いよく走り出し、ジャックとの間合いを詰める。ジャックは一歩も動く事無く、その場でフィーを待ち構えた。
フィーは走りながら少しだけ右に軸線をずらし、ジャックの左前方に向かって接近。十分に近付いて格闘の間合いに入ると、スライドターンをしてジャックに対し正面を向きつつ、そのまま踏み込んで右手を首元に向かって突き出した。
ジャックはフィーの動きに合わせて、彼女がスライドターンをした段階で少しだけ動き、フィーが正面に来る様に向きを調整していた。そして、彼女の突き出した右手を、少し首を傾けて易々と回避した。
(くっ……! 首の位置が高い……!)
これまでは、自身と同じ空竜種のショーナ達と模擬戦を行ってきたフィー。初めて陸竜種と模擬戦をして、二足歩行による上半身の高さを痛感していた。首への狙いが定まらない。
(それなら……!)
フィーは小さくバックステップをして、ジャックから反撃を受けない様に間合いを取った。そのバックステップの着地を後ろ足だけで行うと、ツメでしっかりと地面をつかみ、力一杯大地を蹴ってジャックに飛び掛かった。それを見たジャックは、瞬時に少しだけ左に身を引いて、最低限の動きで彼女の飛び掛かりを回避する。
着地したフィーは、すぐさま滑る様に180度左回転し、自身の尻尾を地面スレスレで振り回してジャックに足払いを仕掛けた。対するジャックはその動きを見切り、小さく跳んで尻尾を回避した。
(なるほど……、なかなか身軽じゃないか)
攻撃を回避しながら、ここまでのフィーの動きに感心していたジャック。
(それなら……、これはどうだ!)
ジャックは左足で着地すると、フィーの首を狙って素早く右足で蹴りを仕掛けた。着地前から蹴りの準備動作をしていたその攻撃は、一切の隙が無く瞬く間にフィーに迫った。
「……っ!!」
ジャックの蹴りが視界に入ったフィーは、無理やり首を逸らす様にして上体を起こし、両腕を一杯に伸ばすと、その勢いでジャックから離れる様にひねりながら跳んで、彼の蹴りをすんでの所で回避。そのまま背面で着地すると地面で転がり、流れる様に起き上がって素早くジャックの方を向き、すぐさま戦闘体勢を取り直した。
(蹴りが早い……! これが二足歩行種……!)
(ほう……今のを回避したか……。やはり身が軽いな……)
一旦、お互いの距離が離れた事で、それぞれ相手の動きを振り返って考えていた。フィーは険しい表情で、歯を食いしばる様にキバをむき出し、ジャックの事を見る。対するジャックは、フィーの動きに感心していたものの、それを表情に出す事は無く、真剣な眼差しで彼女の事を見ていた。
するとここで、ジャックの声が響く。
「よし、いいだろう! ここまでだ!」
「えっ……!?」
突然の制止に、フィーは戸惑ってジャックに問い掛ける。その表情は真剣そのものだ。
「最後まで……やらないんですか……?」
「あぁ。……今日の模擬戦は、お前達の腕前を見る事が目的だからな。今ので十分だ」
「そう……ですか……」
フィーのどこか不完全燃焼の様な気持ちを察したジャックは、彼女に一言付け加える。
「いい動きだったぞ、フィー。初めてのヤツで、あれを避けるヤツは……そういないからな」
その言葉を聞いたフィーは、少し拍子抜けをした表情で一言返す。
「えっ……。ありがとう……ございます……」
それだけ言うと、フィーはショーナ達の下へ戻っていった。
(あれが……ジャック隊長の動きか……)
戻ってくるフィーを見ながら、ショーナは厳しい表情をしていた。
(動きに全く無駄が無かった……。しかも、フィーでも回避がギリギリだったぞ……)
ショーナはジャックに目を移した。
(さすが……陸戦隊隊長……)
彼がそんな事を考えていると、ジャックがショーナ達に向かって大声で話し掛けた。
「よし、次はジコウ! お前の番だ! ……ショーナ、お前は最後だ! 皆、楽しみにしているからな!」
「…………」
ジャックの言葉に、ショーナもジコウも返す言葉は無かった。ジコウは静かに、フィーと入れ替わる様に模擬戦の場所に向かった。
ショーナは、戻ってきたフィーに労いの言葉を掛ける。
「フィー、お疲れ様」
「……えぇ」
「模擬戦、どうだった?」
「ジャック隊長……強いわね……」
「そうか……」
フィーから何か情報をと思っていたショーナだったが、彼女の短い言葉からは、ジャックの強さがにじみ出ていた。模擬戦が終わっても尚、真剣な表情で語る彼女に、ショーナは聞かずとも察していた。
(フィーで『これ』か……)
自身よりフィーの方が強い。それはショーナ自身も十分に分かっていた。今日までの特訓で、ショーナはフィーやジコウに一度も勝てないまま、こうして戦闘部隊の訓練場に足を運んでいたからだ。
(ジコウは……どうやるかな……)
険しい表情でジコウに目を向けたショーナ。そのジコウは調度、模擬戦の開始位置でジャックに対面する所だった。
「ジコウ! 準備はいいか!?」
ジャックの問い掛けに、ジコウは無言でうなずいた。
ジコウは幼い頃から変わらず、戦闘体勢を取らないスタイルだった。それを見たジャックは、
(なるほど……。差し詰め、『フリースタイル』といった所か)
そう思いつつ微笑むと、真剣な表情へと一変し、大きな声で合図を出した。
「よし! ……では、始め!」
ジャックの合図を聞いたジコウは勢いよく飛び出すと、ジャックへと一直線に突っ込み、左手をジャックの腹部目掛けて突き出した。
ジャックはひらりとバックステップをして回避。それを見たジコウは、更に踏み込んで追撃の姿勢を見せた。バックステップから着地したジャックは、そんなジコウに対して左足を踏み込み、左手を突き出して迎撃。その攻撃を、ジコウは右の翼を使って防御した。
攻撃が通らなかったジャックは、左手を引きつつ腰のひねりを利用して、素早く右手を突き出してジコウの首元を狙う。しかし、ジコウはそれを左腕で防御しつつ払いのけると、そのまま左手を使ってジャックの首を狙ってカウンターを仕掛けた。
「むっ……!」
ジャックは予想外の動きに声を漏らすと、瞬時に左手でジコウの攻撃を受け流して数歩下がった。ジコウのカウンターは勢いが足りず、受け流して距離を取る事はジャックには容易かったが、数歩下がったジャックに更なる追撃の姿勢を見せるジコウに、ジャックは感心していた。
(なるほど……。一歩も引かず……か、大したものだ)
ジコウはジャックに接近すると同時に、右手でブレーキを掛けつつ、その手を軸にスライドしながら右向きに半回転し、勢いよく尻尾をしならせてジャックの首を狙った。
しかし、ジャックはその尻尾を右腕で防ぐと同時に、左手で受け止めてしっかりとつかんだ。
「……!」
「よし、いいだろう! ここまでだ!」
ジャックはジコウの尻尾を放した。




