『独立派 戦闘部隊』 その2
エイラに案内されて歩き続けたショーナ達は、集落に隣接した湖までやって来た。
「ここは……」
「フフ……。懐かしいですか?」
ショーナが幼い頃にやって来た、あの湖。当時を思い出していたショーナは、感慨にふけっていた。
(そう、忘れもしない……。オレが出歩き始めて二日目の事だ。……この湖面で、初めて自分の姿を確認して、そして……その帰りに、初めてフィーと出会ったんだ。……懐かしいな……)
ショーナは湖に近付き、その湖面に自分の顔を映した。
(……あれから変わった様な、変わってない様な……)
そこに映っているのは、オトナの顔付きになった白いドラゴン。当時と比べれば、間違いなく顔付きは変わっていたが、どこか当時から変わっていない様にも感じられ、物思いにふけるショーナ。
彼がそんな事を思っているとはつゆ知らず、隣にやって来て湖を覗き込んだフィーは、無粋な事を口にした。
「魚でもいるの?」
「……フィー?」
「なあに?」
「お腹空いてる?」
「そんな訳無いでしょ」
彼女はそう言って、ふざけてショーナの顔に水を掛けた。
「おわっ! 何だよ、もう……」
そのやり取りを微笑ましく見守っていたエイラは、満面の笑みで声を掛けた。
「フフ……。大丈夫ですか? ショーナ。……火傷していませんか?」
「いや……、こんなただの水で火傷なんて……」
「あら、そうですか? ……何とは言いませんが、火傷は付き物ですからね。フフ……」
(また……)
ショーナはエイラの言葉に少し呆れながら、顔を振ったり手で拭ったりして、顔に掛かった水を落とした。
「さて……、気分転換はここまでにしましょうか。そろそろ行きましょう。目的地は……」
そう言うと、エイラは振り返った。
「すぐ隣ですよ」
その言葉に、ショーナ達もエイラが見た方向に目を向けた。
「あっ……!」
ショーナとフィーは、同時に驚きの声を発した。彼らの視線の先には、広大な開けた場所があった。
「こんな所に……」
「意外でした?」
「訓練場って、昔からここに……?」
「そうですよ」
「……気が付かなかった……」
彼が幼い頃この湖に来た時には、訓練場の存在には全く気が付いていなかった。それは、自身が目的を持って湖に来ていた事で、他の事に気を向ける余裕が無かったからでもあった。
「さぁ、挨拶に行きましょうか」
そう言って、エイラは隣にある訓練場に向かって歩き始めた。ショーナ達もエイラの後に続く。
彼らが到着した場所には、三頭のドラゴンが横並びで待ち構えており、その周囲には大勢のドラゴンが集まっていた。ショーナ達も彼らの様に横並びとなり、対面して顔を合わせた。
「お待ちしておりました、長」
三頭の真ん中にいたベージュの飛竜が、エイラに一声掛けて頭を下げると、彼の両隣のドラゴンも頭を下げ、それを見ていた周囲のドラゴン達も頭を下げた。
「お待たせしました、ゼロ司令」
エイラが彼の言葉に答えると、頭を下げていた者達は直る。
「それにしても……。皆さん、こんなに集まってどうしたんですか?」
「今日、新入りが来ると聞いて、皆、気になって見に来ているのです」
「ゼロ司令? この子達は戦闘部隊に入る訳ではありませんよ?」
「もちろん承知しております。しかし……一緒に訓練をするという意味では、彼らは『新入り』です」
「それは一理ありますが……。皆さん、この子達は見世物ではありませんよ?」
エイラは少し呆れて、鼻で小さくため息を吐いた。すると、そのやり取りを見ていた黒い陸竜が口を挟んだ。
「フッ……。まぁいいではありませんか、長。……我々も気になっているのですよ、長が育てた『彼ら』をね」
「ジャック隊長、それは少し違いますよ。……この子達は自分達で成長したのです。お互いがお互いを刺激し合い、お互いに支え合い、そうやってオトナになったのです。……私はただ、見守っていただけですよ」
「……長は相変わらず、ご謙遜なさる……」
「謙遜も何も、本当の事ですよ?」
エイラ達のやり取りの区切りで、再びベージュの飛竜が口を開いた。
「ふむ、まぁいいでしょう。まずは彼らと挨拶をしなくては。今日はその為の顔合わせですので……」
「そうですね」
そう言い終えた飛竜は一歩前に出ると、そのブラウンの瞳で改めてショーナ達を見渡し、話し始めた。彼の額にあるオレンジ色をした魔角が、時折、日の光を反射して輝く。
「……君達のウワサは聞いている。長の子のショーナに、保護されたジコウ、そして…………フィー。君達が大きくなり、共に訓練が出来るのを楽しみにしていたよ。
おっと、自己紹介がまだだったな。私はこの独立派の戦闘部隊で司令をしているゼロだ、宜しく」
ゼロの挨拶を聞き、ショーナ達は軽く一礼した。そこにエイラが口を挟む。
「ゼロ司令は『イーグルアイ』の異名を持つんですよ」
「長、それは……今でなくても」
「フフ……。せっかちな子がいるんですよ」
エイラは笑顔でフィーの方を向いた。
「あの……。どうしてゼロ司令は『イーグルアイ』と呼ばれるんですか?」
彼女の言葉に真っ先に反応したのはショーナだった。
「戦場の後方から、その戦場の戦況を判断し、そして各部隊に指示を出す事から、いつの間にかそういった二つ名が広まってしまってね」
「そうですか……」
「まぁ、そう呼ぶ者は少ないがね。……改めて、宜しく頼むよ」
最後に少し微笑んだゼロは一歩下がり、次に彼の右隣に立っていた黒い陸竜が前に出て話し始めた。全身が黒い甲殻に覆われた彼は、両腕と両脚の甲殻それぞれ一枚ずつが赤く染まっており、額の魔角も赤く、そして瞳も赤。翼を持たないながらも、その色合いのコントラストが映えていた。
「俺はジャックだ。この戦闘部隊で陸戦隊の隊長をしている。これからの訓練は、主に俺が面倒を見る事になるだろう。……宜しく頼む」
ジャックの言葉に、ショーナ達は軽く一礼した。そして、ショーナがジャックに向かって一言返した。
「あの……お手柔らかにお願いします……」
その言葉を聞いたジャックは、大きな声で笑って言葉を返す。
「ハハハッ! ……なるほど、賢いとのウワサは本当だったな」
「えっ……?」
「大丈夫だ、話は長から聞いている。こいつらと同じ訓練はしないから安心しておけ」
ショーナの質問が途切れるのを待っていたかの様に、ここでフィーが思い切った質問をした。
「ジャック隊長……?」
「ん? 何だ?」
「その右目と右ツノ……、何があったんですか?」
「あぁ、これか」
ジャックの頭部にある一対のツノは、右のツノが折れており、そして右目の周囲には傷跡が残っていた。あまりにも思い切った質問だった事に、ショーナが驚いてフィーを制止する。
「お……おい、フィー! そういう質問は……!」
「構わんよ、ショーナ。……これは昔の傷跡だ」
ジャックから返答を貰った事で、フィーは続けて質問をした。
「目は……見えるんですか……?」
「あぁ、それは問題無い。幸い、顔の傷だけで済んだからな、目への影響は無い」
「そう……ですか……」
フィーの心配した表情を見たジャックは、最後に一言付け加えた。
「……まぁ、いつか話す事になるだろう。だが、今はまず訓練の事に集中しろ。余計な事を考えると、訓練の成果も出なくなる。いいな?」
「……はい」
フィーの返事を聞くと、ジャックは一歩下がって列に戻った。




