『独立派 戦闘部隊』 その1
ショーナがドラゴンとして生を受け、十年程が経った。
この世界のドラゴン達の、オトナとされる年齢になった事で、ショーナ達は周りにいるドラゴン達と同じ体付きとなっていた。
幼い頃から始まった特訓も、今日に至るまで継続的に行われ、彼らは次第に、自分の戦闘スタイルを身に付けるにまで至った。
そんな、ある日の昼下がり――
今日もいつもと変わらず、三頭で特訓を始めようと集まった時の事だった。
「あなた達も、もう随分と成長しましたね」
エイラが笑顔で話し始めた。
「皆、オトナの仲間入りをした事ですし、そろそろ……もう少し実戦的な、より踏み込んだ訓練をしてもいい頃合だと思っています」
「実戦的……?」
エイラの話を聞いていた三頭の中で、真っ先にショーナが言葉を返した。
「そうです。具体的には……魔力を使った訓練、という事になりますね」
「…………!」
笑顔で説明するエイラとは対照的に、三頭は少し驚きの表情を見せていた。
「そうか……。オトナになったらブレスや魔法を使っていいんだった……」
少し驚いたものの、すぐに冷静になって呟いたショーナ。普段から無意識に発動するバリアを使って特訓をしていた彼は、その事を忘れかけていた。
彼の言葉に、エイラは微笑んで続きを話す。
「その通りです。ただ……魔力を使った訓練は、ここでは出来ません。そこで……」
彼女は顔を別の方向に向け、
「この集落の戦闘部隊に混ざって、訓練を受けてほしいと思っています」
そう言うと、再び顔を彼らに向けた。
「話は通してあるので、とりあえず行きましょうか」
満面の笑みを浮かべそう言うと、エイラは向きを変えて歩き出した。ショーナ達も慌ててエイラの後に続く。
「ねぇ、母さん?」
「はい?」
ショーナは急ぎ足でエイラの横に並ぶと、歩きながらエイラに声を掛けた。
「戦闘部隊で訓練するって事は、オレ達……戦闘部隊に入るって事?」
「それは違いますよ、ショーナ。……戦闘部隊と同じ訓練は受けてもらいますが、訓練を受ける時間も、訓練の強度も、戦闘部隊より軽い物でお願いしてあります。……魔力を使った特訓を、砦の前で行う訳にはいきませんからね」
「じゃあ……、わざわざその為だけに……?」
「えぇ、そうですよ。……身を守る為には、魔力を使った攻撃やブレスを習得しないといけないですからね。その訓練は、訓練場でないと出来ないですし」
「なるほど……」
穏やかな表情で話すエイラの説明に、コドモの頃の出来事を思い出していたショーナ。
(そういえば……。前に闇の魔物の襲撃があった時、母さんが撃退してたっけ……。その時、ツメに魔力を込めていたりとか、ブレスを使ったりとか、そんな事あったなぁ……)
目線を上に向けて思い出していたショーナに、エイラは歩きながら顔を近付け、笑顔で彼にささやく。
「フィーを守るんですよね?」
「……っ!!」
不意の言葉に、ショーナは返す言葉も無くぎょっと顔を赤くし、目を見開いてエイラに視線を向け見つめた。そんな彼に対し、満面の笑みで続けてささやくエイラ。
「フフ……。頑張って下さいね、『聖竜サマ』」
それを聞いたショーナは視線を戻し、赤面したまま少しうつむくと、苦虫を噛み潰した様な顔をして大きくため息を吐いた。それを見ていたエイラは、後ろを歩くフィーに目を向けて、少し大きい声で彼女に声を掛けた。
「フィー?」
「はい……?」
「ショーナを頼みますね?」
「えっ……?」
突然声を掛けられたフィーは、その言葉にぽかんとする。一方のショーナは、そのやり取りを見て、力む様なささやき声で赤面したまま話し掛ける。
「母さんっ……!」
エイラはショーナに目を向けると、満面の笑みでささやいた。
「フフ……。ショーナももうオトナなんですから、そんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」
「それはオトナとかコドモとか関係無いでしょ……!」
「あら、そうですか? でも……オトナになったという事は、もうパートナーになれる、という事ですよ? 母さん、ず~っと楽しみに……」
「母さんっ……!!」
満面の笑みでささやき続けたエイラを、ショーナは力強くささやいて途中で静止した。
(もう……そんなに煽らなくても……)
赤面した彼の表情は、とても苦々しい表情をしていた。再び大きくため息を吐く。
ショーナとエイラが後ろの二頭に聞こえない様に話していたのが気になったのか、フィーはショーナの横に駆け寄って、彼に声を掛けた。
「ねぇ、何話してるの?」
「……っ!? なっ……何でもないよっ!!」
「ふうん……」
エイラの事を意識していたショーナは、反対側から突然フィーに声を掛けられた事に驚き、慌てて返事をする。期待外れの返答で、フィーも相変わらずの相づちをしていた。
しかし、これを見ていたエイラは、面白がって口を挟んだ。
「フフ……。将来の事ですよね? ショーナ?」
「……っ!!」
「将来の事?」
「いやっ……! それは……!」
エイラの言葉に顔を赤くして慌てるショーナを見て、フィーも何かを察したのか、少しにやりとして彼に言葉を掛ける。
「私はいつでもいいわよ? 聖竜サマ?」
「……っ!?」
思い掛けない言葉にショーナはぎょっとして、顔を真っ赤にしながらフィーを見た。相変わらずにやりとした表情を浮かべていたフィーは、そんなショーナに流し目をしながら一言付け加える。
「私を守ってくれるの、楽しみにしてるから」
そう言うと、フィーは歩く速度を落としてショーナとエイラの後ろに戻った。
(も~……)
エイラとフィーに散々いじられたショーナは、やり切れない表情をしてコドモの頃を思い出していた。
(確かに……守るとは言ったけど……)
闇の魔物に襲われていたフィーを助けに行った時に言った言葉。その時はショーナもフィーの事が心配で、半ば無我夢中で口にした言葉だった。自分のバリアを使えば、フィーを守る事が出来る。そう思っての事だった。
しかし、それ以降は集落も平穏な日々が続き、こうして何事も無くオトナになり、今となってはその言葉が何だったのかとさえ思う程。そして、その言葉でからかわれた事で、ショーナは自分の思う所が分からなくなってきていた。
(いじりが過ぎるんだよなぁ……)
またも大きくため息を吐いたショーナ。それを横目で見ていたエイラは彼の心の内に気付いたのか、ショーナに優しく声を掛けた。
「ショーナ?」
「……はい」
「あの時、私が言った言葉……覚えていますか?」
「あの時……?」
「フィーを助けた時の事ですよ」
ショーナは当時を思い出しながら、それを口にする。
「誰かを守りたいという気持ちは……」
「そうです、いつかあなたの力になります。その気持ち……ブレちゃダメですよ?」
(ブレかけたのは、母さん達のいじりのせいだったんだけどな……)
ショーナはエイラの言葉を聞くと、少し苦笑いをした。そんなショーナを見て、エイラは笑顔で話を続ける。
「フフ……。あなたは素直すぎるんですよ」
「…………」
「でも……。母さんは、そんなショーナが好きですよ」
そう言って満面の笑みでショーナを見たエイラ。それを横目で聞いていたショーナは、また少し顔を赤くしていた。




