『闇の魔物』 その7
「これまでの経緯は大体分かりました。では……侵入を許してしまった体制を、見直さないといけないですね」
ここまでの話から、エイラは別の話題を振った。それに答えたのは、着席した彼の左隣に座っていた陸竜だった。
「その件に関しては、自分が説明を。……長。」
彼は左手をテーブルに置きながら立ち上がり、話し始める。
「我々陸戦隊は、これまで広域偵察に携わる事はありませんでしたが、昨日の件を考慮し、一部の偵察を空戦隊から引き継ぐ考えです。それにより空戦隊の稼働率も下がり、集落に待機出来る部隊も増え、防空戦闘もこなせるのではないかと考えています」
彼の話を聞いたエイラは、少し下を向いて考えてから答える。
「……広域偵察は機動力が必要のハズですが、陸戦隊の皆さんは大丈夫なのですか? 集落周辺は林が広がっていますし、移動に時間が掛かると帰還するのが大変ではありませんか?」
「それに関しては心配ありません。偵察場所や移動ルートを考慮し、陸での移動が困難な場所は引き続き空戦隊に任せます」
「そうですか……」
エイラは納得し、目を閉じて相づちをすると、
「それにしても……、有事の際にそんなに偵察要員が足りないのでしたら、私も偵察を手伝いますよ?」
唐突にそう提案した。それに驚いた三頭は、座っていた者は立ち上がり、ほぼ同時に声を上げた。
「長! いけません……!」
「なりません! 長!」
「エイラ様! それは……!」
一斉に制止されたエイラは、鼻で小さくため息を吐くと、呆れた様に言葉を発する。
「……皆さん、大げさですよ? ただの偵察ではありませんか……」
エイラの言葉に強く反対したのは、真ん中にいた飛竜だった。
「偵察とはいえ、それを長にお任せする事は……! 長には、この集落の最後の砦として……!」
「ですから、昨日はその役割を果たしたではありませんか。私だけで三体撃退したんですよ? 昨日の撃退王として表彰してほしい程なんですから」
エイラはどこか誇らしげな表情で言ってみせた。
「でしたら……。明日、部隊の前でエイラ様を表彰し……」
「ゼロ司令?」
「はっ……?」
「冗談ですよ?」
エイラは微笑んで付け加え、それを聞いた彼は小さくため息を吐いた。
「まぁ、とりあえず皆さん座ってください」
エイラは彼らをなだめて着席させ、話を続けた。
「私が言いたいのは、偵察や戦闘で要員が必要なのであれば、私も協力しますよ……という事ですよ?」
「それは……!」
「これは以前からお話ししていますけど、その度に皆さん、そろって反対されますよね?」
「そ……その通りです!」
「何故です? これでも私、以前は戦闘部隊に所属していたんですよ?」
「それは承知しております。しかし……」
エイラの押しの強い言葉に、飛竜はたじたじだったものの最後の一歩は引かなかった。
「長には……、この集落を守ってもらわねばなりません。長は本当に、最後の砦なのです! 今はコドモ達もいらっしゃるではありませんか!
昨日はコドモ達も危ない目に遭ったと伺っております。それは我々の不手際でしたが、そういった際に、長には守って頂かなくては……」
「ですから、そうならない様に、私も手伝うと……」
「長が前に出る事になったら、誰が最後の砦を務める事になるのですか……!」
飛竜も必死に訴えたが、エイラはエイラで考えが違う様だ。
「……その『最後の砦』が必要無い様に、戦闘部隊を運用する方が健全ではありませんか? そもそも敵の侵入を許さなければ、最後の砦は不要になる訳ですよ?」
「それは賛同しかねます。……我々も完璧ではありませんし、不意の有事も考慮しなくてはなりません。……誰かが残っておかなくては、万が一の時に……!」
飛竜の必死の訴えに、エイラは根負けしてため息を吐き、難色を示しつつも彼の意見を飲み込んだ。
「……分かりました」
「恐れ入ります、長……」
「……あの時から変わりませんね、皆さんの意見は……」
「……まだ我々は、前回の厄災の傷が癒えておりません。先代の戦隊長は……本当に勇敢だったと思います……」
「…………」
エイラは少し間を置いて、その言葉に答える。
「ですが……、いつかは前を向かないといけません。彼らの為にも……」
「分かっております……」
「彼らの残した子も、随分大きくなりましたし……」
「分かっております…………」
ここで一旦、会話が事切れた。
エイラは彼らの報告等を聞いて、それが自身の想定していた内容と同じだったと踏み、これで話し合いを終了してもいいと判断した。
「……では、今日はここまでにしましょう。皆さん、わざわざありがとうございました」
エイラは立ち上がると、軽く頭を下げた。それを見た三頭も立ち上がり、そろって一礼すると地下室を後にした。
砦の入り口で、砦を後にする三頭を見送っていたエイラの下に、給仕が声を掛けた。
「エイラ様。ショーナ様からご伝言を承っております」
「えぇ、分かっていますよ」
「エイラ様……?」
「フフ……。大丈夫です、もうすぐ帰ってきますよ」
笑顔でそう言って外に目をやると、ショーナが建物の影から走ってやって来た。
「あれ? 母さん?」
「フフ……。そろそろ帰ってくる頃合だと思っていたんですよ」
満面の笑みでショーナを出迎えたエイラ。外は日が暮れ始めていた。
「さぁ、戻って休みましょうか」
「ねぇ、母さん……。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
「はい?」
部屋に戻って早々、ショーナはエイラに質問を投げ掛けた。
「書庫長、オネショの事は知らなかったみたいだけど……」
「あら、オネショの事を調べに行っていたのですか?」
「えっ……? いや……魔物の事のついでに……」
ショーナの質問に笑顔で答えたエイラ。
「フフ……。書庫長が知らなかったのは、種族が違うからじゃないですか?」
「でも……フィーも知らなかったよ……?」
「あら、それは不思議ですねぇ……」
「…………」
どこか話を逸らすエイラに、ショーナは疑いの目で追求した。
「ねぇ、母さん……」
「何ですか?」
「何か……オレに隠してない……?」
彼のその追求に、エイラは笑顔で答える。
「フフ……。さぁ、どうでしょうね? ……誰にでも隠し事はあるものです。ショーナも……何か隠しているでしょう?」
「…………」
エイラの答えに、ショーナは疑いの目を向けたまま言葉を返さなかった。それを見たエイラは、優しく言葉を掛けた。
「でも……、いつかお話しする時が来るでしょうね」
そう言って、ショーナに顔を擦り合わせた。
(母さん……)
顔を引っ込めたエイラは微笑むも、どこか寂しげな雰囲気をかもし出していた。それを目の当たりにしたショーナは、少し目を逸らす。
(母さん……やっぱり、何か隠してるんだな……)
そう思いつつ、ショーナは他の事に考えを巡らせた。
(そういえば……フィーの両親って見た事無いよなぁ……)
オネショに関するフォーロの言葉を思い出したショーナは、ふとフィーの両親の事を考えていた。フィーはオネショの事を知らなかったが、それは両親がいれば聞いていたかもしれない、と思ったからだ。
「母さん……?」
「はい?」
「そういえば、フィーの両親って見た事無いけど、母さん……長だし、何か知ってる……?」
エイラはその問いに、窓の外に目を向けて、遠くを眺める様にして答えた。




