『闇の魔物』 その5
「じゃあ……、その『闇属性』って……なに……? 聞いた事無いですけど……」
「ふむ……、闇属性の魔法は生活では使いませんからな。確かに、あなた方は初めてでしょうな」
フォーロは右手をアゴに当てて、続きを話す。
「闇属性とは……その名の通り『闇の力』を意味します。明るい所に光があれば、暗い所に闇があるのと同じで、そういった物が魔力の源となっている属性ですな。なので、夜になると闇の魔力は強まる傾向があります」
「でも……昨日の魔物は夕方でしたよ?」
「ふむ。確かに……夜の方が闇の魔物を目にする事は多いですが、それに限った事ではありません。
それと……、闇の魔力の源は、他にもあるのですよ」
「他にも……?」
フィーは難しい表情をしながら首をかしげる。
「そう。それは……負の感情ですな。怒り、悲しみ、憎しみ……。生命の死も負のエネルギーとなります。そういった物が闇の魔力となり、そして夜になって強まると……それらが集まって闇の魔物と化すのです」
「ふうん……」
ここまで真剣に聞いていたフィーは、難しい顔付きをしながらいつもの相づちをした。ただ、ここでショーナがフィーと入れ替わる様に質問を投げ掛ける。
「書庫長、ちょっと思ったんですけど……」
「何ですかな?」
「闇の魔力が負の感情をエネルギーにする、という事は……、闇属性は悪……という事ですか?」
「なるほど、鋭い考察ですな」
フォーロは感心しながらショーナに目を向けると、その質問に答える。
「先にもお話ししましたが、負の感情はあくまでも、闇の魔力のエネルギー源の一つに過ぎません。夜になれば闇の魔力は自然に強まる物です。
そして、闇属性が悪か……というのは、それはまた別の話になってきますな」
「……どういう事ですか?」
「確かに闇属性は負の感情がエネルギー源にもなります。しかし……、それだけで悪になるか、と言われれば、悪にはならないですな」
「…………」
ショーナは無言で首をかしげた。そんな彼を見て、フォーロは更に説明を続けた。
「ふむ。つまり……魔力と善悪は別物、という事なのですよ」
「別物……?」
「その通り。例えば……ドラゴンが一般的に使える炎属性。その魔法で誰かを意図的に傷付けたとします。それは善い事ですか? 悪い事ですか?」
「悪い事です」
「左様。そして、傷付けられた者の仲間が、その怒りを力の源として仲間を守ったとしたら……、それは善い事ですか? 悪い事ですか?」
「傷付いた仲間を守るなら……善い事だと思います。……あっ!」
フォーロの問い掛けに答えていたショーナは、最後にはっと気付いた。
「気付かれた様ですな」
「そうか……! もし……仲間を守る為に闇の魔力を使うのであれば……」
「そう。闇属性は善となります」
ショーナは納得していたが、その隣で難しい表情をしていたフィーは、どこか理解出来ずに突っ込んだ。その問いにはショーナが答える。
「……どういう事?」
「簡単に言うと、善悪を決めるのは魔力の属性じゃなくて、魔力を使う者だって事だよ」
「でもそれ、変な話じゃない? だって憎しみも闇の魔力のエネルギーになるんでしょ? それなのに闇の魔力が善って、よく分からないんだけど……」
「フィー、それはちょっと違うよ」
「どこが違うのよ? だって憎しみで魔力を使おうって言うなら、そんなの悪に決まってるじゃない」
「そうだよ。でもそれは『憎しみで魔力を使う場合』の事。それはさっき書庫長が言ってた『炎属性の魔法で誰かを意図的に傷付けた』ってのがいい例で、この場合だと炎属性が悪になる」
「う~ん……」
「だから、魔力の属性と善悪は別物なんだよ。エネルギー源に憎しみはあっても、それだけで闇属性が悪になる訳じゃないんだよ」
ショーナの説明を聞いても、やはりどこか納得しきれないフィーは、首をかしげながら頭を掻いた。
「ふむ、フィーさんにはまだ理解するのが難しいかもしれませんな」
「どうしてですか……?」
「憎しみをエネルギー源にして、誰かを守る為に戦った事が無いからですよ」
「…………」
フォーロの説明に不満げな表情を見せたフィー。それを察したフォーロは、例え話で説明する事にした。
「ふむ……。では、昨日の様な魔物と戦っていたとしましょう。仮にショーナ様がフィーさんをかばってケガをしたとします。フィーさんは、どう思いますか?」
「それは……『何すんのよ!』って、思いますよね」
「ふむ、その後は?」
「その後? 決まってるじゃないですか、その魔物を倒すんですよ」
その会話を隣で聞いていたショーナは、少し恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「ふむ、そうなるのが自然ですな。……この時、フィーさんは魔物に対して『怒り』や『憎しみ』があるのではありませんか?」
「……そうですね」
「それらの感情は、悪ですかな?」
「……!」
ようやく繋がったのか、フィーははっとした表情を見せた。
「そう。一つの感情だけで善悪は決められないものです。ですので、例え闇の魔力の源となっているのが負の感情であったとしても、闇の魔力が悪であるかどうか、それは別物という訳ですな」
ここまでの説明で、ショーナもフィーも十分に理解していた。しかし、ショーナは一つだけ気になっていた事があった。
「ところで書庫長、その闇の魔法って……どういった物があるんですか?」
「ふむ、それは非常に難しい質問ですな……」
フォーロは顔を少し上げ、目を閉じて考える仕草をすると、再びショーナに目を向けて答える。
「先程もお話ししましたが、闇属性は普段の生活で使われる事はありません。そして……それを使える者も非常に限られるのです」
「どうしてですか……?」
「まず、多くのドラゴンは炎属性が得意属性となっています。次いで雷属性や水属性、風属性といった辺りになりますな」
「……確かに、その属性であれば生活でも役立ちますね」
「左様。……ここの書庫の明かりは光属性の魔石を使っているのは、覚えておりますかな? 光属性を使えるドラゴンは、非常に限られるのです。そして、その対となる闇属性もまた、使い手は非常に珍しいのですよ」
「だから、情報が少ない……という事ですか?」
「その通りです。そして、生活でも使われない属性ですから、使い手が少ないのも相まって、ほとんど情報が無いのですよ。書物にも、闇属性が詳しく書かれた物はありませんな」
「そうですか……」
一通り闇の魔物や闇属性について聞き、納得したショーナとフィー。話が一段落したと見たショーナは、別の話を切り出す事にした。
「ところで書庫長、別の話になるんですけど……」
「ふむ、何でしょう?」
ショーナは少し気まずそうな表情で、フォーロに質問する。
「ドラゴンって……オネショするんですか……?」
その質問を聞いたフォーロとフィーは、ほぼ同時に声を出した。
「オネショ……ですかな……?」
「オネショって……なに……?」
その反応にショーナははっとして、次の言葉を発するのを一旦待つ事にした。
(……っ!? この反応は……! まさか……)
すると、フォーロが口を開いた。
「ショーナ様、その『オネショ』とは一体、何ですかな? わたくしも長く生きておりますが、初めて耳にする言葉ですな……」
フォーロの言葉で疑いが確信に変わったショーナは、言葉を選びながら説明する事にした。




