『プロローグ』 後編
(うっ……うぅん、どれだけ寝たんだ……?)
彼が目を覚ました時、辺りは暗闇に包まれていた。
(とりあえず頭痛は無くなったけど……)
確かソファーで寝ていたハズと、彼は暗闇で体をごそごそと動かす。しかしどうもソファーの感触がせず、何か硬い物が体に当たっている事に違和感を感じ始めた。
(何だ……? 寝相が悪くてソファーから落ちたのか?)
そう思った矢先、暗闇から話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、見て! 動いてますよ!」
「……では、そろそろか」
「助けた方がいいかしら……?」
「いや、自分の力で出てくるのを待とう。……その子の為だ」
聞きなれない男女の声に彼は戸惑う。
(ん……!? 一体何が起きて……)
確認しようと頭を上げた時、パキッという音と同時に目に光が飛び込んできた。
急に暗闇から出た為なのか、視界がぼやけて輪郭が分からない。それでも彼の目には、何か大きな白い物体と黒い物体が確認出来た。
彼が光を認識したのと同時に、その「何か大きな白い物体」が眼前まで迫り……
「見て! 孵りましたよ!」
そう言ったかと思うと、何かで彼の周りにある硬い物体を取り除き始めた。
「自力でと言ったんだがな……」
「いいじゃないですか、自力で顔は出したんですし」
そういったやり取りが行われているものの、彼の視界はまだぼやけたまま。幸い、耳だけは良く聞こえる様だ。
彼の周りにある硬い物体は取り除かれたが、何故か体が自由に動かせずに横たわったままの彼。
(体が……動かない……!? それに……話しているのは人じゃない……!?)
はっきりと見えないものの、シルエットだけで分かる「人間ではない白い生物」に困惑していると、その白い生物が再び近付き、彼に話し掛けた。
「そうだ! 名前……名前を決めないといけないですね」
(オレの……名前……?)
「男の子ですし、名前は…………」
短い沈黙を挟み、その白い生物は大声を上げた。
「ショーナ! ……ショーナにしましょう! いいですよね?」
最後の言葉と共に振り返った白い生物は、どうやら黒い生物に問い掛けた様だ。
「ふむ……。まぁ君の決めた名だ、文句は言わんよ」
(オレのプレイヤーネームじゃないか、どうして……?)
彼が不思議に思っていた時、その黒い生物がすぐさま言葉を発した。
「まずいな……、ヤツらが来る! 君はその子を連れて、ここから離れた方がいい」
「いいえ、私も戦って守ります。まだもう一つのタマゴが孵っていないんですよ!?」
「君が戦えば、孵った子を守る者がいなくなる。……もう一つのタマゴは必ず守る、だから君はその子を連れて行くんだ! 行くなら今しかない!」
「…………!」
話の最後にうなる様なため息を吐いた白い生物は、彼に近付きながら返事をした。
「分かりました……。では、後は頼みます。……どうか気を付けて」
「あぁ……、君もな」
二体の生物は最後の会話を終えると、白い生物が彼に向かって話す。
「ショーナ、ちょっと嫌かもしれないですが、我慢して下さいね」
その直後、彼は首根っこを何かにつかまれたかと思うと、体が宙に浮いて一気に視線が高くなった。彼の視界はぼやけたままだが、それでも黒い生物の側に白い球体を確認。そしてこれまでの会話と状況から、自分の置かれている状況を何となく察しだしていた。
(まさか……声の主は……!)
そう思った時、彼の体に重力が掛かる。何かが走る音、そして……羽ばたく音。
周囲のぼやけた世界は薄暗く、彼の視界から入る情報はほとんど無かった。それでも体に感じる風が、彼の置かれている状況を確信に変えたのだった。
どこかに降り立った後、彼と白い生物は安全な場所で一夜を明かした。そして朝日が昇り――
「……おはようございます、ショーナ。……昨日は大変でしたね」
「あ……あぁぁ……」
まだ言葉を発する事が出来ない彼だったが、視界は少しずつクリアになりだしていた。その白い生物はドラゴンだったのである。
そのドラゴンは全身が甲殻に覆われており、背部側は純白、腹部側は薄いグレーで、すらりとした体付きをしていた。頭部には二本のツノが後方に伸び、額には透明で白みを帯びた角ばったツノがある。そして、純白の顔には黄色い目が輝き、優しく彼を見つめていた。
(この白いドラゴンがオレの母親……なのか)
「ここならもう安全ですから、心配しなくてもいいですよ」
優しく語り掛ける白いドラゴン。四足歩行型の彼女の背中には、立派な翼が折り畳まれていた。
(そしてオレは……)
まだ満足に体が動かないでいた彼も、自分の両手を眺めて確信する。
(ドラゴンに……生まれ変わったのか……!)
彼の目に映ったのは、鋭いツメを持ったウロコのある自身の両手。疑いの余地は無い。
その時、彼の視界の外から、聞いた事の無い声が聞こえる。
「エイラ様! 砦の外に集落の者が集まりました!」
「そうですか……。では、そろそろ行かないといけませんね」
そんなやり取りが終わると、彼は後ろから何者かにひょいと抱えられ、エイラと呼ばれた白いドラゴンの後を追う様に連れていかれた。
石造りの建物の中を進み、バルコニーの様な開けた場所に到着すると、彼の目に朝焼けが眩しく飛び込んできた。
「皆さん、わざわざ集まって下さり、ありがとうございます」
エイラが大きな声で話し始めたが、エイラの後ろで抱えられている彼には状況が分からなかった。
「皆さんに、お披露目する時が来ました」
その言葉で彼を抱えていた者がエイラの隣まで移動し、彼を高々と持ち上げる。そして上がる歓声。
持ち上げられた彼の目に映る世界、映る者は、想像を遥かに超えていた。朝焼けの元、多くのドラゴン達がエイラや彼を見上げていたのだ。
二足歩行の者、四足歩行の者、翼のある者、翼の無い者……。集まった者達は皆、彼に向かって歓声を上げていた。
「おい、長の子を見ろ! 白い子だぞ!」
「ほ……本当だ!」
「聖竜だ……聖竜様だ!」
「これで俺達の未来も明るいぞ!」
「聖竜様! 聖竜様ー!!」
どこからか聞こえた「聖竜」という声が一気に広まり、それがより一層大きな歓声となって集まった者達を包んだ。
(た……大変な世界に……来てしまった……!)
その光景に、彼はただただ目を丸くするばかりだった。




