『闇の魔物』 その3
「じゃあ、オレも母さんみたいにブレスとか使える様になりたい! あのブレス、とても綺麗だったし……」
「あら、そんな風に言われたのは初めてですよ」
エイラはショーナの言葉に、満面の笑みで答えた。しかし……
「でも、ブレスや魔法は、まだ教えられません」
「えっ……!? どうして……?」
「コドモは使ってはいけないんですよ」
優しい表情で語るエイラだったが、その口調はどこか真剣だ。
「でも……バリアは使ってるよ?」
「ショーナのバリアは、無意識に発動する防御魔法だからですよ。自分の意思で発動する攻撃魔法やブレスは、コドモ達は使ってはいけないのです。……それは独立派の集落だけでなく、友好派の集落でも同じなんですよ」
「どうして……コドモは使ってはいけないの?」
「それは……」
エイラはショーナに顔を近付ける。その顔はどこか怖い顔をしており、ショーナは思わず生唾を飲んだ。
「コドモが魔法を使うと……」
エイラはショーナの鼻先まで顔を近付け、少し言葉に間を空けた。そんなエイラに、ショーナは口を半開きにして、どこか不安な表情をする。
エイラは相変わらずの顔付きで十分に間を取ると、表情を一変してその続きを話し出した。
「オネショするからですよ!」
「……は?」
満面の笑みで言うエイラに、ショーナは返す言葉が見付からず、呆気に取られていた。エイラは顔を引っ込めると、笑顔で話を続ける。
「コドモが魔法やブレスを使うと、その夜オネショしちゃうんですよ」
「いや……さすがにそれは……。そもそも、オレだってオネショした事無いし……」
「それは、これまでショーナが魔法やブレスを使ってこなかったからですよ。もし明日、ショーナがブレスの練習をしたら……そ~の~夜~……」
エイラは再びショーナに顔を近付けた。今度は半眼にして薄ら笑いを浮かべている。
「ちょ……ちょっと、止めてよ母さん……」
ショーナは内心、そんな事は無いだろうと思いつつも、エイラの言動に戸惑ってしまった。思わず彼は右手を浮かせて少し身を引いた。
エイラは顔を引っ込め、
「フフ……。まぁ、そんな事は無いですけどね」
笑いながらそう言うと、いつもの穏やかな表情で話を続けた。
「コドモが魔法やブレスを使ってはいけないのには、もちろん理由があります。一つ目は、成長途中で体内の魔力が不安定だからです。この時に魔力的な負荷を掛けると、様々な悪影響が出る可能性があるんですよ」
「悪影響……?」
「幼い頃に体内の魔力に負荷を掛け、成長に悪影響が出ると、例えば……虚弱体質になったりする事もありますね」
「…………」
ショーナは言葉を失い、小さくうなる。
「二つ目は、危ないからです。幼い頃は体内の魔力が不安定ですから、どれだけ意識をしても魔法やブレスに『ばらつき』が出ます。思い掛けない暴発で、ケガをする危険もありますからね」
「だから……コドモは使っちゃダメ……と」
「そうです。もちろん、必ず悪影響が出るとか、必ずケガをするとか、そういう事ではありませんよ。ただ、過去にそういった事があったから、今ではオトナになるまで魔法やブレスは禁止となっているんです。
本当は、防御魔法であるバリアも、あまり使ってほしくないんですけどね」
「それは……知らなかった……」
優しい表情で説明を続けたエイラだったが、その説明を最後まで聞いたショーナは、彼女の本心を聞いて少し申し訳無さそうにした。
そんなショーナを見たエイラは、優しく微笑んで声を掛ける。
「いいんですよ、ショーナ。……だって今、反抗期なんですし」
「いや……だから母さん、それは……」
「フフ……。ああは言いましたが、私はショーナの事、そんなに心配はしていませんよ?」
「え……?」
「ショーナには魔角があります。そして……私の子ですから」
「…………!」
エイラの最後の言葉に、はっと目を見開いたショーナ。エイラの眼差しからは、自身に対する信頼の様なものがひしひしと伝わってきた。
「母さん……」
「ショーナ、あなたなら大丈夫」
そう言うと、エイラは顔を擦り合わせた。
「あなたは……あなたが思った様に、あなたが感じた様に、日々過ごしてくれればいいんですよ。模擬戦や書庫での学び、友情、恋愛……。その一つ一つの経験が、あなたを強く、大きくしてくれますから」
一通り言い終えたエイラは顔を引っ込めると、満面の笑みで一言付け加える。
「でも……、恋愛は母さんも楽しみにしてますよ!」
「…………っ!!」
その一言で、再び赤面してしまったショーナ。
「母さん……!」
「フフ……。さぁ、もう寝ましょうか」
エイラは部屋の明かり消した。部屋に星明りが差し込む中、ショーナも寝床で丸くなって眠ろうとするが、先の話がふと気になり、暗闇の中でエイラに声を掛けた。
「母さん……?」
「はい?」
「ドラゴンって……オネショするの……?」
「フフ……。さぁ、どうでしょうね?」
ドラゴンとして生を受け、かれこれ五年程。ショーナは粗相をした事は無かったものの、ここまでの話を聞いて、少し心配になってきていた。
(……いや、まさかな……)
どこか疑心暗鬼になりつつも、彼はそのまま眠りに就いた。
翌朝――
窓から差し込む光で目が覚めたショーナ。
「おはようございます、ショーナ」
「おはよう、母さ…………んっ!?」
ショーナは尾の付け根付近に違和感を感じ、飛び上がる様に立ち上がってその場を離れた。すると、寝床に敷き詰められた藁の一部が濡れているのを目にし、目を見開いて仰天した。
(えっ!? ……まさか!! ウソだろ……!?)
昨晩のエイラの話が頭に残っていたショーナは、それが自身の粗相であると直感し、激しく動揺してしまう。
(これまで一度もオネショなんてした事無かったのに……!! しかも五歳にもなって……!!)
動揺しているショーナを心配して、エイラが後ろから声を掛けた。
「どうしました? ショーナ。……あら!」
「……っ!! いやっ……! これは……その……!」
「あらあら。……昨日は魔物に襲われたりして怖かったですもんね」
「そ……それはっ……!」
そう言うと、ショーナの横から顔を擦り合わせたエイラ。ショーナは顔を赤くして目を逸らす。
「フフ……。大丈夫ですよ、ショーナ。これは水です」
「いや……だって……、オネショは水で……」
「違いますよ、ショーナ。……これは本当に、ただの水なんです」
「……は?」
まだ動揺が収まらないショーナに、エイラは満面の笑みで優しく落ち着かせると、笑いながら言葉を続けた。
「フフ……。これは、ショーナが起きる前に、私が水を掛けておいたんですよ」
「なっ……!?」
「フフ……、驚きました?」
「何やってるの母さんっ!!」
思い掛けないエイラのイタズラに、赤面しながら目をぎゅっとつぶり大声で突っ込むショーナ。そんなショーナをよそに、エイラは声を出して笑っていた。
しばらくすると、彼女は笑いながらショーナに謝った。
「……ごめんなさい、ショーナ。ちょっと出来心で……」
「母さん……」
エイラの言葉に、少し呆れたショーナ。
(出来心で我が子にイタズラを仕掛けるドラゴン……か……。母さん……お茶目な所あるんだな……)
そう思いながら、苦笑いしつつ頭を掻いた。




