『闇の魔物』 その1
ショーナがドラゴンとして生を受け、五年程が経った。
幼い頃から始まった特訓は、ジコウを加えて三頭で行う事となり、毎日昼下がりになると彼らは砦の前で模擬戦を繰り返していた。その光景は集落では日常の物となって、周りのドラゴン達も微笑ましく見守る恒例行事の様になっていた。
特訓が始まって以来、ショーナは相変わらずフィーやジコウに勝った事は無く、引き分ける事さえも出来ないでいたが、着々と実力は付けてきていた。一方で、フィーはジコウと五分五分の戦いをし、若干ジコウが上回っていたものの、実力は甲乙付けがたいものだった。
時折ショーナは早めに模擬戦を切り上げ書庫へ行く事もあり、それがフィー達との実力差を生み出していた要因でもあったが、代わりに少しずつ知識も深めていた。
とある日――
曇天の中、この日も模擬戦を行っていたショーナ達。しかし、そこにジコウの姿は無い。この日、朝から体調が優れなかったジコウは、模擬戦に参加する事なく自室で休養を取っていた。
久々にフィーと二頭だけで模擬戦を繰り返したショーナ。この日も全敗で日が暮れかかっていた。
「さて……、今日はそろそろ終わりましょうか」
模擬戦の区切りで、見守っていたエイラが終わりを告げた。一息吐いた後、フィーが口を開く。
「じゃあ、ジコウによろしく言っておいてね」
「あぁ、分かったよ」
「じゃあまたね! 聖竜サマ!」
そう言うと、フィーは軽やかに駆けて帰っていく。それを見送るショーナ。
いつもと変わらない光景、いつもと変わらない時間。こうして今日も一日が終わる。ショーナはそう思っていた。
フィーの姿が建物で見えなくなった時、辺りに大音声が響き渡る。
「敵襲ーーーーっ!! 上空、数四!! ……繰り返すっ!! 敵襲!! 上空四!!」
周囲からの複数の声に、はっとしたショーナとエイラ。周りでは、出歩いていた者が慌てて建物に駆け込んでいる。
ショーナが上空に目をやると、そこには黒い影が四つ、編隊を組んで飛行していた。間も無く地上から数々の火球が上空に向かって飛んでいくが、その火球で編隊を組んでいた四つの影は散開。その内の一つに地上から飛び立ったドラゴン三頭が迎撃に向かった。
繰り返し告げられる警報の中、それをまじまじと見ていたショーナだったが、その内の一つがショーナ達に向かって急降下してきた。大きな黒い鳥の姿をしたそれは、足を前に突き出してショーナ目掛けて突っ込んできている。
「ショーナ! 砦の中へ! 早く!」
「は……はい!」
いつになく真剣な表情で言うエイラに危機感を覚えたショーナは、慌てて砦に向かって走り出した。ちらちらと目で確認しながら砦の入り口まで走るが、急降下してきたその敵は、もう彼の目前まで迫ってきていた。
(ま……間に合わな……!)
砦に入る直前で接敵すると悟ったショーナは、砦に入る事を諦めて、四肢で踏ん張り急ブレーキを掛けながら、すぐさま右の翼で体を覆い防御姿勢を取った。
敵がショーナを攻撃しようとした、まさにその時だった。エイラが両者の間に割って入る様に飛び込むと、彼女の右手のツメが白い光の尾を引きながら敵を引き裂いた。引き裂かれた巨大な黒い鳥は、黒い粒子となって粉々に消滅していく。
「大丈夫でしたか!? ショーナ!」
「は……はい……」
翼を畳みながら答えたショーナだったが、彼の視界には、エイラの後方で飛んでいく一体の黒い影が映っていた。その影が向かった方向にはっと気が付いたショーナは、大声を出した。
「そうだ! フィー!!」
「……っ!!」
ショーナの声を聞いたエイラは、言葉にならないうなり声を出すと、フィーが駆けて行った方向に振り向く。
「助けに行かないと……!」
そう言って走り出そうとしたショーナを、エイラは険しい表情で制止する。
「私が行きます! ショーナは中へ!」
「でも……!」
「ダメです! 早く中へ!!」
そう言うと、エイラは力強く羽ばたいて飛び立った。
いつもの優しい表情とは違う顔付きで、生まれて初めてエイラから制止されたショーナ。彼はこれがただ事ではない状況だと直感していたが、
(でも……やっぱり行かなきゃ……!)
そう決心すると、エイラの後を追って走り出した。
一方、帰路に就いていたフィーは、この現状をよく理解出来ていなかった。
(何だか……騒がしいわね……)
そう思い、走るのを止めてゆっくり歩くと、周りをきょろきょろと見渡した。
すると、フィーの目に左方低空から突っ込んでくる黒い影が映った。それを認識したフィーは、突っ込んできたタイミングに合わせて大きくバックステップをして回避。まるで地面に激突するかの様に着地した黒い影によって、少し砂ぼこりが舞っている。
(何なのよ、こいつ……!)
バックステップから着地したフィーは、とっさに戦闘体勢を取った。彼女の目に映った巨大な黒い鳥は、振り向いて翼を広げると、威嚇をするかの様に大きな鳴き声を発した。
「何よ……! やろうっての……!?」
戦闘体勢で姿勢を低くしているフィーは、その巨鳥をにらみつけて喧嘩腰に吐く。その吐き捨てた言葉に反応したのか、巨鳥はフィーに対して飛び掛かる素振りを見せた。脚を大きく屈伸させて地面から離れようとした、その時、
「伏せて!!」
フィーの耳に聞き覚えのある女性の声が飛び込んできた。瞬間的にその声に気付いたフィーは、更に姿勢を低くした。彼女は、今にも自分に飛び掛かろうとしていた巨鳥に向かって、自身の後方から飛び掛かったドラゴンを目にする。それはエイラだった。
エイラはフィーを飛び越え、巨鳥に向かって飛び掛かると、白く光り輝く左手のツメで巨鳥を切り裂いた。その光は尾を引き、巨鳥は断末魔を上げると黒い粒子となって消えていった。
「大丈夫でしたか!? フィー!」
「エイラ様……」
振り返ってフィーを心配するエイラは、早足でフィーの側に近付いた。フィーの無事を確認したエイラと、助けられたフィー。お互いに安堵の表情を浮かべたが、そこに大きな声が響く。
「母さん! 上!!」
エイラは首をひねる様にして目で上を見ると、そこには足を突き出して直下してくる巨大な鳥がいた。
敵を確認したエイラは、口を開けながら顔を上に向けだした。その口内は白い光が輝き、彼女の額の魔角も同じ様に光を発している。口内の光は瞬く間に強くなり、彼女が顔を上に向けたのと同時に、その光が真上に放たれた。
尾を引きながら真っ直ぐに進んだ白い光は、巨鳥に当たると炸裂し、それを跡形も無く消滅させた。
(凄い……!)
駆け付けたショーナは、エイラのその攻撃に思わず見とれてしまっていた。光り輝いていたそれは、攻撃と言うには余りにも美しく見えたからだ。
危険な状況であるにも関わらず、少しばかり感動していたショーナ。そこに再び、複数の大音声が響いた。
「敵影無し!! ……繰り返す、周囲に敵影無し!!」
残る一体の敵も、迎撃したドラゴンが撃退していた。集落は再び、平穏に戻る。




