『コドモ達と書庫』 その4
「さて……、今日はここまでにしておきましょう。続きは、またの機会に……」
「はい、ありがとうございました」
ショーナは頭を下げると、立ち上がって階段に向かう。
「ショーナ様」
「はい……?」
「砦までお送りしましょう」
「あ……はい、ありがとうございます」
フォーロは片付けを後回しにし、ショーナに続いて階段を上がると、地下室の明かりを消して扉を閉める。彼らが建物の外に出ると、空は既に夕焼けに染まっていた。
「少し遅くなってしまいましたな……。エイラ様も心配されている事でしょう。……さ、急ぎましょう」
「はい」
二頭は早足で砦へと急いだ。
「あら、書庫長。わざわざ送って頂いたんですか?」
彼らが砦に到着すると、その入り口でエイラが待ち受けていた。
「そろそろ戻ってくる頃合じゃないかと思っていたんですよ」
彼女は満面の笑みで二頭を出迎える。
「ご心配をお掛けしました、エイラ様。……戻るのが遅くなってしまいましたな」
「いえ。……書庫長もコドモ達の面倒を見て頂いて、ありがとうございました」
エイラはそう言うと、フォーロに向かって軽く会釈した。
「それにしても、エイラ様も教育熱心ですな。この歳にしてショーナ様は文字も読めますし、物が燃える仕組みまで理解されているとは……。わたくしも感心している次第です」
(げっ!!)
フォーロが何気なく口にした言葉に、ショーナは一瞬目を見開いて驚いたが、悟られまいとすぐに表情を戻した。エイラに教えてもらったと、書庫でその場しのぎで言った言葉だったが、まさかフォーロがエイラに言うとは少しも思っていなかったショーナ。
何を言われるか心配しつつ、彼はフォーロを目で見ていた。
「そうなんですよ、この子は勉強熱心なので……。ついつい私も、聞かれた事を教えてしまうんです」
「なるほど、そうでしたか……」
(あ……あれ……?)
満面の笑みで答えたエイラだったが、その答えに先程以上に驚いたショーナは、エイラに視線を移した。もちろん、先の話しを彼がエイラに聞いた事は無い。
(どうして……?)
ショーナが内心で困惑していると、フォーロは二頭に挨拶をした。
「それでは、わたくしはお暇します。……ショーナ様、またいつでもお越し下さい。お待ちしております」
「えっ……! あ……はい」
エイラの反応について考え込んでいたショーナは、フォーロからの言葉にはっとしながら返事をした。
一通り挨拶をしたフォーロは軽く頭を下げると、書庫へと帰っていく。それを見送るショーナとエイラ。
「……さて、私達も戻って休みましょうか」
エイラは笑顔でそう言うと、砦の中へと入っていく。彼女の後にショーナも続いた。
部屋に戻ると、ショーナは思い切ってエイラに問い掛ける事にした。
「母さん、さっきの話なんだけど……」
「はい?」
「いや……その……、オレが勉強熱心とかどうとか……」
自身では思い切ったつもりだったが、どうしてもはっきり口に出来ず、少し曖昧な聞き方になってしまったショーナ。エイラはその問いに笑顔で答える。
「フフ……。私、ウソは言ってませんよ?」
「え……?」
「だって、ショーナは勉強熱心じゃないですか」
「…………」
どこか腑に落ちない答えだったが、自身もはっきり聞く事が出来なかったショーナは、それ以上、その話題で言葉を重ねる事は止めた。
「ところで、書庫はどうでしたか?」
「まさか……地下にあるとは……」
「ショーナが知りたいと思っていた事、見付かりましたか?」
「……少し……」
「……ショーナがまた行きたいと思った時に、いつでも書庫に行きましょうね」
「……はい」
優しく話すエイラは、書庫でフォーロが話していた事と同じ事を口にした。それを聞いたショーナは、ドラゴンの時間感覚は共通してゆったりとした考えがあるのだと、改めて認識していた。
(いつでも……か……)
毎日、フィーと特訓を繰り返してきた何気ない毎日。そこにジコウが保護され集落にやって来て、この砦に住まう事となり、今この時も隣の部屋にいる。この二日間の様に、時々何気ない毎日が変わる事はあったものの、彼がドラゴンとして生活してきた二年の歳月は、そのほとんどがゆったりした時間の流れだった。
そんな事を考えていたショーナは、ジコウの事を思い出して「ある事」を思い出した。
「あ……そうだ、母さん」
「何ですか?」
「その……オレもそろそろ自分の部屋が欲しいなって……」
同い年のジコウが砦にやって来て、彼には自分の部屋があった。そして、ジコウが来ても尚、砦の空室は多かった。そういった事を見てきたショーナは自分にも部屋が欲しいと思い、それを打ち明ける様にエイラにお願いしたのだった。
「あら!」
エイラは目を丸くして驚いたかと思うと、満面の笑みでショーナに歩み寄り、
「あらあら、もう思春期ですか?」
そう言って、顔を擦り合わせた。
「えっ……!? いや……そういう訳じゃ……」
どこかいつも以上に力を込めて顔を擦り付けるエイラに、少し戸惑ってしまったショーナ。
「寂しくなりますねぇ……」
そう満面の笑みで言いながら、相変わらず力強く顔を擦り付けている。
「ちょっ……ちょっと、母さん……! 別に砦から出るって言ってる訳じゃ……」
エイラにぐいぐい押されて、少しよろけながら話したショーナだったが、
(……子離れ出来ないドラゴンもいるんだなぁ……)
そう思いながら少し苦笑いをし、ついには根負けすると、
「わ……分かったよ、母さん……。もう少し一緒の部屋にいるから……」
自然と、そう口にしていた。
「あら! 本当ですか!?」
ショーナの言葉を聞いたエイラは、顔を上げて目を輝かせ、嬉しそうな顔をして話すと、
「母さん、嬉しいですよ」
満面の笑みでそう言いながら、再び力強くショーナに顔を擦り付ける。
(これは当分……自分の部屋は無いな……)
そんな事を思いながら苦笑いしつつエイラを受け入れ、長い一日が終わりを迎えた。




