『コドモ達と書庫』 その3
二頭の話しを聞いていたフォーロは、笑って説明をする。
「フィーさん、それは考えすぎですよ。先程、わたくしも若い頃は友好派にいたと申しましたな」
「あ……そういえば……」
「友好派のドラゴンは、独立派のドラゴンと何ら変わりはありません。友好関係を築いた人間達も、恐ろしい生物という訳ではありませんよ」
その説明に、再びショーナが問い直した。
「じゃあ、どうして……?」
フォーロは右手をアゴに添えると、少し考えながら説いた。
「ふむ……。独立派のドラゴン達は、人間が嫌いという訳ではありません。ただ……それを説明するには、まだあなた方には早いかもしれませんな」
「どうして……ですか……?」
「ドラゴンが二つの集落に分かれたのには、もちろん理由があります。しかし……その理由を説明するには、他にも知らなくてはならない事があるのです。あなた方には……まだ早い」
フォーロは目を閉じて首を振り、そう答えた。
(知らなくてはならない事……か。もしかすると、それがこの歴史の本に書かれていたのかもしれないな……)
そう思いながら、イスの上の本に目をやったショーナ。
(でも……、色々と分からない状態で、それ以上の分からない事を知ろうとしても……理解出来ただろうか……)
難しい顔をして、その本を見ながら考える。
(今は……一つずつ理解していくしかない……)
話題が一段落した事で、フォーロが仕切り直した。
「では……、他に知りたい事はありますかな?」
その言葉で我に返ったショーナは、他の気になっていた事を尋ねる事にした。
「じゃあ……そうですね……。ドラゴンの事について、もう少し詳しく知りたいです」
「はて……、ドラゴンについてですか?」
「はい。ドラゴンによって姿が違うという事は、得意不得意があったりするのかと思って……」
「なるほど……。己を知る事はとても大切な事。……役立つ事も多いでしょう」
そう言うと、イスの上に置かれた歴史の本を手に取り、本棚に戻しに席を立った。
「……何だったら、フィーも先に帰っていいよ」
「もう少し付き合うわよ。……退屈だけど」
(はっきり言うなぁ……)
フィーを気遣って言ったつもりだったが、どこか冗談交じりの様な言い方で本音を言われたショーナ。苦笑いをしてご機嫌を伺っていると、フォーロが一冊の本を手に戻ってきた。
「ドラゴンに関しての本もありますが、これはどちらかと言えば生物学に近いでしょうな。一応持ってきましたが……」
そう言って、手に持った本をショーナの前に置かれたイスに置いて、自身も先程の席に座った。
「ショーナ様は、ドラゴンのどういった事が知りたいのですかな? 先程、姿による得意不得意が……と、仰っていましたな」
「え~っと……そうですね……。例えば……姿が違うという事は、種類が分かれているのか、とか……」
「ふむ……。でしたら、それもわたくしからお話した方が早いかもしれませんな。……少々、長くなるかもしれませんが」
その話を聞いていたフィーは、ふと呟く。
「……やっぱり帰っていい?」
隣で聞いていたショーナは、笑って答える。
「あぁ、いいよ。……ここまで付き合ってくれて、ありがとう」
「別に……、私もちょっと興味があっただけよ。……聖竜サマの為だけじゃないわ」
どこか照れ隠しの様に目をそらしたフィーは、すっと立ち上がると階段に向かって歩いた。
「じゃあ、また明日」
「えぇ。……じゃあまたね、聖竜サマ」
フィーは振り返りながら挨拶すると、軽やかに階段を駆け上がって帰っていった。
「ふむ……。ショーナ様も、今日はこの話で最後にしましょうか。遅くなってはエイラ様も心配されるでしょう」
「……分かりました」
「なに、明日以降も時間はたっぷりあります。急ぐ必要はありません。ショーナ様が来たい時に来て、学びたい時に学べばいいのです。……わたくしはいつでも、ここにおります」
「……はい」
フォーロの言葉を聞いたショーナは、何故だか心が温まった様な感じがした。人間だった時とは違う周囲のゆったりとした時間感覚が、より彼にそう感じさせていた。
「さて……話を戻しましょうか。ドラゴンの種類について、でしたな」
「はい、お願いします」
フォーロは優しい口調で話を始めた。
「ドラゴンは体の作りによって種族が違います。四足歩行の者、二足歩行の者、そして翼の有無によって分けられるのです。
まず……ショーナ様の様に、四足歩行で翼を持つ種族は『空竜種』と呼ばれます。これが二足歩行になると『飛竜種』という種族になりますな。この二種の違いは手が使えるかだけでなく、魔力の強さや飛行能力にも差が出ます。飛竜種は常に両手が使えるのが利点ですが、その分、魔力や飛行能力は空竜種に若干劣る場合が多いです。
翼を持たぬ種だと、四足歩行の者は『地竜種』となり、二足歩行の者は『陸竜種』となります。なので、わたくしは陸竜種という事になりますな。この二種は翼が無い代わりに、強い魔力を有する者が多くおります。特に、地竜種はほとんどの者が魔角を持ち、優れた魔法を使う事が出来るのです。魔石の生成には、彼らの存在が欠かせないですな。
最後に、腕が翼となった二足歩行の者は『翼竜種』と呼ばれます。彼らは他のどの種よりも飛ぶ事に特化しており、翼の他に補助翼を持ちます。尾の先に水平尾翼、尾の付け根に垂直尾翼ですな。これらを使う事で、空中での姿勢制御に優れ、体に無駄が無い分、飛行速度も一番速いのが特徴です。空中では、彼らに適う種族はそうおりませんな」
フォーロの説明を、ただ黙って真剣な表情で聞いていたショーナ。説明自体は長かったが、ドラゴンの事に興味津々だった彼には、その説明はあっという間だった。
「おっと……、わたくしばかり話してしまいましたな。何か質問はありますかな? ショーナ様」
「う~ん……。ちなみに、寿命とかって……」
「ふむ。ドラゴンの寿命は種によって変わる事はありませんな。皆、概ね二百歳。どの種も十歳でオトナとなり、百六十歳を超えた辺りから、少しずつ老いを感じる様になりますな」
それを聞いたショーナは、内心で少し驚いた。
「じゃあ、書庫長って今……お幾つなんですか……?」
「わたくしですか? はて……幾つでしたかな……」
フォーロは上を向いて思い出そうとするが、すぐにそれを止め、
「これだけ生きると、何年生きたかも分からなくなりますな」
そう言って笑う。ショーナも釣られて笑っていたが、
(何か……思っていたより凄いんだな、ドラゴンって……)
自身の想像とは違った部分を見せられ、その驚きを隠すかの様に、フォーロに合わせてただただ笑うのだった。




