『コドモ達と書庫』 その1
「着きましたね」
砦からそう遠くない場所にある書庫。エイラはショーナ達の歩く速度に合わせてゆっくり歩いたが、それでも到着まであっという間だった。
(書庫か……。久しぶりだな……)
幼い頃の散歩で書庫の前を通った事があったショーナは、当時の事を思い出していた。その時、エイラは建物の外から、大きな声でフォーロを呼んだ。
「書庫長! いらっしゃいますか?」
彼女の声が響くと書庫の扉はすぐに開き、フォーロが中から出迎えた。
「お待ちしておりました、エイラ様。……少々早かったですな」
「お世話になります、書庫長。コドモ達の模擬戦、思っていたより早く区切れましたので……」
「そうでしたか……。では、ドアマットのブラシで手足の砂を落として、中へどうぞ」
フォーロは扉を大きく開くと、ショーナ達を招き入れた。書庫や書物が気になっていたショーナは、真っ先にドアマットのブラシで手足の砂を落とし、室内に入る。その後から順番にフィーとジコウが続いた。しかし、エイラは中に入ろうとしない。
「あれ? ……母さん?」
「私は先に砦に戻ります。書庫での事は書庫長にお任せしていますし、私より書庫長の方が詳しいですからね」
微笑みながらそう言うと、砦に向かって歩き出し、
「暗くなる前には帰るんですよ」
満面の笑みで一言だけ残して帰っていった。
建物の入り口でエイラを見送ったショーナは、建物の中に目を移した。中は大部屋が一部屋だけ。そこにはフォーロの寝床と思われる場所もあり、部屋の感じは砦の部屋と変わらない。書物の一つさえ、その部屋には置いていなかった。
「……ねぇ、ここって本当に書庫なの?」
部屋を見渡したフィーは、誰に向かって言った訳ではなかったが、思わず心の声を口にしていた。
「確かに、この部屋はわたくしが住んでいる部屋です。……書庫はこちらに」
フォーロはそう言うと、部屋の隅にあった木製の床板を持ち上げた。
「これは……! まさか地下室が……!?」
思わず駆け寄ったショーナ。よく見てみると、フォーロが持ち上げた床板は扉になっており、その先には石造りの階段が暗闇に続いていた。
「では参りましょう。暗いですから、足元に気を付けて、ゆっくり……」
そう言ってフォーロが先導すると、二頭を差し置いてショーナが続き、フィーとジコウはその後ろから付いて行った。
次第に光が届かなくなり、足元が見えなくなった時、フォーロは階段の壁に手をかざした。すると、地下室の壁や天井に点在する明かりが一斉に灯り、書庫全体が暖かい光に包まれる。
「わぁ……!」
その光景を見たショーナは、思わずため息が漏れた。
床や壁は石造りで、天井は場所によって木材と石材が使い分けられており、所狭しと木製の本棚が並ぶ。中央には木製のテーブルと丸イスも置かれ、その雰囲気は、彼が人間の時に見た図書館とさほど変わりは無かった。
「凄いな……」
未だ驚きが止まらないショーナ。その理由は書庫の広さにあった。
書庫の建物は、外観は周囲の建物と全く同じだったのに対し、地下室の広さは一階の部屋の倍以上はあった。地下の広々とした空間に、目を丸くしてきょろきょろと見回し続けている。その時、ふと本棚に目が留まった。
(意外と……隙間は多いんだな……)
本棚には本の他にも、円筒状に巻いた紙がヒモで結んだ状態で寝かせて置いてあったり、紙の束が重ねて置いてあったり、何も置いていない場所もあったりと、ショーナが感じた図書館の雰囲気とは少し違い、少々雑多な部分も目に付いた。
「ねぇ、あれ何?」
ショーナがきょろきょろと見回していると、フィーが天井を指差した。その先に目をやったショーナは、部屋中央の天井に青く光る何かを見付けた。
「あぁ、あれは水の魔石ですよ」
「水の魔石? 水場でもないのに?」
首をかしげたフィーに、フォーロは説明をした。
「ここは書庫ですからね、あの魔石が湿度の調整を行っているのですよ。……多湿は書物を傷めますからね」
(まぁ……確かにそうだよなぁ……。それに、ここって地下だし、余計に湿度管理はしないと……)
フォーロの説明を聞きながら納得していたショーナ。
「それと、あの魔石は万が一の時にも機能します」
「万が一……?」
再び首をかしげたフィー。
「もちろん『火災』ですよ。火災時はその規模により、高濃度のミストを放出したり、水そのものを放出したりして消火を行います」
「ふうん……」
(なるほど……! 湿度調節機能が付いたスプリンクラーって事か……! 便利だなぁ……)
興味が無さそうな相づちをしたフィーと、興味津々で食い入る様に話に耳を傾けるショーナ。
「でも、火災って言いながら木製の物が多いじゃない? 扉もテーブルも木製よ? これじゃ火が点いたらあっという間じゃない?」
「それでしたら心配はご無用です。ここで使われている木材は、全て魔力強化が施されております。そう簡単には燃えませんよ」
「じゃあ、明かりに使っている魔石は? 普通、明かりに使う魔石って炎属性か雷属性でしょ? そんなの危ないんじゃない?」
「それも大丈夫です。ここで使われている明かりは、貴重な光属性の魔石を使っております。書物に火を点ける心配はありませんよ」
「ふうん……、考えられてるのね……」
興味が無さそうではあったが、意外と突っ込んだ質問を繰り返し、相変わらずの相づちをするフィー。
(でも……ちょっと待てよ……?)
ここまでのフォーロの説明で、腑に落ちない事に気が付いたショーナは、彼に質問を投げ掛けた。
「書庫長、火元の心配が無いのは分かったんですけど、水で消火したら書物が傷みませんか? 二酸化炭素で消火というのは……」
「ほう、ショーナ様は博識ですな。さすがはエイラ様の子……」
「あ……いや……」
少し照れつつ苦笑いをしたショーナ。とっさに人間の時の知識で話しをしたが、それが今の年齢に相応しくなかった事かもしれないと、内心では少し心配した。
「確かに、二酸化炭素の消火であれば書物を傷める事は無いでしょう。しかし……それでは室内に誰かが残っていた時、大変な事になってしまいます。ここは窓が無い地下室ですからね」
「まぁ……そうですよね……」
「書物を第一に考えるのであれば、それもありでしょう。しかし、それで誰かが命を落としてしまっては本末転倒です。……命より重い書物はありません」
フォーロは優しい口調でショーナに説いた。
「しかし……ショーナ様はどこでそれを学びに? 書庫も今日が初めてのハズでしたな……」
「えっ……!? あー……え~っと……、母さんに。母さんに教えてもらったんです、物が燃える仕組み……!」
「なるほど、そうでしたか。エイラ様も教育熱心ですな」
(……やっぱりちょっとマズかったかな……気を付けないと……)
何とかその場をしのいだショーナは、歳相応の振る舞いについて考えさせられたのだった。




