『遭遇』 その9
「母さん、こんな所に……」
ショーナはエイラに駆け寄りながら呟く。そんな彼に、エイラは微笑んで優しく声を掛ける。
「あら。何かありました? ショーナ」
「……特に何も無いけど、出発前に母さんに声を掛けようと思って……」
「フフ……。ショーナはいつも真面目ですね」
満面の笑みでそう言ったエイラは、ショーナに顔を擦り合わせ、そして続ける。
「ショーナ? 今から……とても大切なお話をします。……よく聞いて下さいね」
「えっ……? あ……はい……」
ショーナはエイラを受け入れながら、きょとんとして返事をした。彼の返事を聞き、エイラは顔を引っ込めると、いつになく真剣な顔付きをしてショーナに話し始めた。
「ショーナ? 私が前に言った事……、覚えていますか?」
「……何の事?」
「ジコウの事です」
「……ジコウは大切な親友だから、必ず連れ帰って……っていう、あれ?」
「……そうです」
顔を少ししかめ、思い出しながら答えたショーナ。エイラは真剣な表情を崩さず、うなずきながら言葉少なに相づちを打った。そして彼女は真剣な表情はそのままに、目に力を込めて続ける。
「この先……どんな困難があっても、それは絶対に忘れないで下さい。ジコウはあなたにとって、とても大切な親友です。……彼の代わりはいません。……いいですね?」
「……はい」
エイラの真剣な言葉に、ショーナも釣られて真剣な表情となり、一言返事をした。彼の返事を聞き、エイラは更に続ける。
「そして……もう一つ。何があっても……必ずフィーを守って。そして……ジコウと一緒に『三頭で』集落に戻ってくるんです。……いいですね? ショーナ」
「分かったよ母さん。でも……」
ショーナはエイラが言った事を十分に理解していたが、どうしても腑に落ちない部分があり、それを彼女に聞き返した。
「フィーを守るも何も、今日フィーは……」
「来ます。……フィーは来ますよ、ショーナ。……もうフィーは、あなたを待っています」
「えっ……? どうして……」
エイラが途中で遮った言葉に、ショーナは目を丸くして戸惑っていた。エイラはそんなショーナに構う事無く、真剣な表情を通り越し、険しい表情をして続きを口にした。
「さぁ、行って下さい。そろそろ行かないと、遅れてしまいます」
「あ……はい……」
「ショーナ。……今言った事、決して忘れないで。……必ず無事に……『三頭で』……戻るんですよ」
「……はい」
いつもとは違うエイラの表情に、ショーナは少し戸惑いつつも、真剣に彼女の言葉を受け止めていた。そして……
「じゃあ……行ってきます」
「……気を付けて、ショーナ」
エイラに真剣な顔付きをしたまま一言挨拶をすると、彼は駆け出した。しかし彼はすぐに足を止める。
(ん……?)
ちょっとした違和感だったが、彼は振り返ってエイラに声を掛ける。
「母さん……?」
「どうしました? ショーナ」
「今……絶好のチャンスだよね? 雰囲気壊すの……」
いつもなら、このタイミングでショーナは彼女に呼び止められ、突拍子も無い事を言われていた。それが無かった事が気になり、彼は自らエイラに声を掛けていたのだ。
しかし、当のエイラは表情を崩さなかった。
「今日は……やめておきますよ」
「……!?」
彼女の一言に、ショーナは目を見開いて驚いていた。
「さぁ、ショーナ。……遅れてしまいます。……行って下さい」
「あ……はい……」
険しい表情で出発を促すエイラに、ショーナは戸惑いながら呟く様に返事をし、集合場所へと走り出した。そんな彼を、険しい表情で見送るエイラ。
(ショーナ……。あなたに、こんなお願いをする事になるなんて……。ごめんなさい、どうか気を付けて……)
彼女はショーナが見えなくなるまで砦の出入り口で見送ると、砦の中へと戻っていった。
一方、ショーナは集合場所へと走りながら、エイラの異変について考えていた。
(何か……今日の母さん、ちょっと変だったな……。何だろう……、何か……嫌な予感が……)
そんな事が彼の頭をよぎった時、彼は不意に掛けられる声に驚く事となる。
「……来たわね」
「……フィー!?」
建物の角を曲がり、集合場所に近付いた彼が目にしたのは、輸送部隊と共にいるフィーだった。彼女はショーナを見るや否や、少し不敵な笑みを浮かべて彼に一言口にしていた。
(……そうだ! 母さん、言ってたな……! 『フィーは来ます』って……!)
そう思いながらショーナは彼女に駆け寄ると、目を丸くして問う。
「どうして……!? 言ってなかったのに……!」
「そんな事より、ちょっと酷いんじゃないの? 私に黙って、こっそり友好派に行こうだなんて」
少し不満気味に言うフィーに、ショーナは申し訳無さそうに顔をしかめ、その理由を説明する。
「フィーには休んでてほしかったんだよ。最近、ずっとオレと一緒に動きっぱなしだったから……」
「動きっぱなしなのは聖竜サマもでしょ? それに……! 彼の件は聖竜サマだけの問題じゃないでしょ? 私だって関係してるのよ? 私、彼に撃たれてるんだし」
「……分かったよ、悪かった。……悪かったよ」
フィーをなだめる様に謝ったショーナは、先の疑問を改めて問い直した。
「でも……どうしてオレが友好派に行くって……」
「聖竜サマ、ジャック隊長に聞いてたでしょ? 次の輸送部隊がどうとか」
「あ、あぁ……」
「それに、私を送ってくれた後、訓練場に戻ったでしょ? ……私、見てたのよ? 家の中から」
「えっ……?」
きょとんとするショーナに、フィーは言葉を重ねる。
「それで、後から訓練場に行ってジャック隊長に聞いたの。……そしたら、聖竜サマが黙って友好派に行くって、ジャック隊長が言うじゃない。それで……」
「それで、オレに合わせてここに来た……と」
「そうよ!」
「…………」
最後の一言は少し怒り気味だったフィー。そんな彼女に、ショーナは気まずそうに少し苦笑いをしながら、鼻で小さくため息を吐きつつ右手の指で顔を掻く。
「どうして言ってくれないのよ! 聖竜サマ、隊長でしょ!? 黙って行かないでよ!」
「言ったらフィーも『行く』って言うだろ? オレは……」
「前に言ったじゃない! 聖竜サマが行くなら、私も行く! 聖竜サマが休むなら、私も休むって! ……何でも自分だけでやろうとしないでよ! もっと私の事、信じてよ! 私……!」
フィーは感情交じりにショーナに訴え、そして最後は目尻に涙を浮かべ、言葉に詰まってしまった。それを見たショーナは、申し訳無さそうにそっと寄り添い、顔を擦り合わせて謝る。
「ごめん……。ごめん、フィー……。そんなつもりじゃなかったんだ……。フィーの事は信じてるし、オレは……フィーの事を、本当に大切に思ってる……。
だから休んでてほしかったんだけど、その……ごめん……」
「……独りにしないで……お願い……」
「……分かった、分かったよ……」
フィーの一言が、彼女の悲痛な心の叫びの様に聞こえたショーナは、無駄に言葉を重ねる事はせず、彼女をなだめ、慰める様に、ただただ彼女に寄り添って相づちを打った。
フィーが落ち着いたのを見て、ショーナは顔を引っ込めた。彼は真剣な顔付きで言う。
「……置いてかないから」
「…………」
「一緒に行こう。……あいつを捜しに」
「…………」
ショーナの言葉を聞き、フィーは静かにうなずく。その表情は安堵からか、僅かに微笑んでいた。
彼らの話が一段落した所に、どこからともなくミレットがふわりと舞い降り、満面の笑みを彼らに向けて話し始める。
「お二方。お話に花が咲いている所すみませんが、そろそろ出発します」
「えっ……? あ……はい……」
ミレットの言葉にきょとんとして答えたショーナ。そんなショーナに構わずミレットは続ける。
「この先の恋路も長いですから、お話しをする時間は飽きる程あります。お話に花を咲かせるのは、荒野に入ってからでも遅くはありません。……荒野に花は咲いていませんけどね」
満面の笑みでそう言うと、ミレットは荷車を引く支援部隊の下へと歩いていく。そんな彼を見ながら、苦笑いをして右手の指で顔を掻くショーナ。
(副長……。そこは『恋路』じゃなくて『旅路』でしょ……。それに、わざわざ上手い事を言わなくても……)
そんな事を思いながら、ショーナは呆れ気味にミレットを見つつ鼻で小さくため息を吐く。当のミレットは支援部隊のドラゴンと少し言葉を交えると、その場にいる全員に聞こえる様に、声を張って言う。
「では出発しましょう! お二方は支援部隊の後ろから付いて来て下さい!」
彼はそう伝え終えると、先陣を切ってふわりと飛び立った。ミレットに続き、護衛の翼竜二頭もその場を飛び立つ。空戦隊の面々が飛び立ったのを見て、荷車を引く支援部隊の地竜三頭も順に歩き始め、一本道へと行く。
その様子を見ていたショーナとフィーは、互いに目を合わせて静かにうなずき合うと、支援部隊の後に続いて歩き始めた。




