『遭遇』 その8
ショーナが苦笑いをしながら右手の指で顔を掻いていると、ジャックは話の締めに入る。
「よし……では、長にはきちんと話しておけよ。俺はこの後、ゼロとジョイにも話を通しておく。お前はもう帰って、長に話をしたら……今日は早めに休むんだ。
友好派まで陸路で行ってからジコウを捜し、向こうで一泊して帰ってくるというのは、なかなかハードだからな。向こうでお前がダウンしても、輸送部隊は予定通り帰ってこないといけないし、そうなると……次の輸送部隊が行くまで帰ってこられない。迎えの部隊を送らせる余裕が、今はちょっと無いからな。
だから……明日に備えて、しっかり休んでおけよ」
「……分かりました」
ショーナはジャックの言葉を真剣な表情で聞き、目に力を込めて返事をした。
「……では失礼します」
一言挨拶をして頭を下げたショーナに、ジャックは腕組みをしたままうなずく。そうしてショーナは訓練場を後にし、砦へと帰っていった。
空が夕焼けに染まる頃に砦へと戻ったショーナは、そのままエイラの部屋へと直行した。彼女の部屋の開かれた扉をノックしようとした時、エイラはショーナに気付いて口を開いた。
「あら。お帰りなさい、ショーナ」
「……ただいま、母さん」
微笑んで彼を迎えるエイラ。ショーナも微笑んで一言返し、彼女の前まで行くと腰を下ろした。ただ、ショーナは一言目をどうするか、少しためらっていた。
(母さん……きっと……、フィーのうちに泊まった事、いじってくるんだろうなぁ……)
彼が気まずそうに少し苦笑いをし、右手の指で顔を掻いていた時だった。
「どうしたんですか? 何か……私にお話ですか?」
「えっ……?」
いつもとは違う穏やかな彼女の言葉に、彼は少し拍子抜けする。
(珍しいな……。てっきり……いじってくるんじゃないかと……)
少し気になったショーナは、それを問う事にした。
「母さん、あのさ……」
「何ですか?」
「オレ、フィーのうちに泊まってきたのに……。今日は……何か少し静かだなって……。しないの? その話……」
それを聞いたエイラは、微笑んだまま振り返って小窓の外へ目を向けると、遠い目をしながら彼に言った。
「今日は……やめておきますよ」
「えっ……?」
いつもとは違うエイラの言動に、ショーナは目を丸くしながらぽかんとしていた。
(何だ……? 母さん、変な物でも食べたのか……? それとも、頭をぶつけた……とか……?)
少し心配するショーナをよそに、エイラは小窓の外に目を向けたまま、遠くを眺めながら感慨にふけっていた。
(きっと……彼らも喜んでいたでしょうし……)
彼女はそう思いながら、微笑んだまま鼻で小さくため息を吐くと、ショーナへと顔を向け直し、満面の笑みで口を開く。
「それで、お泊りはどうだったんですか?」
「えっ……!? ちょっ……ちょっと母さん! さっき『やめておく』って……!」
「フフ……。だって、今絶好のチャンスだったじゃないですか」
「な……何が……?」
「……雰囲気壊すの。……フフ」
「…………」
ショーナはその言葉に呆れて苦笑いをし、少し顔を逸らすと、右手で顔を押さえてため息混じりにうなる。
(まぁ、いつも通りではあるけどさぁ……)
彼がそんな事を思っているとはつゆ知らず、エイラは満面の笑みを浮かべたまま言葉を重ねる。
「それで、ちゃんと言ってきました? 『娘さんを下さい』って。……フフ」
「い……いや……! おかしいでしょ! そもそも、フィーの両親はいないんだし……」
「だって、ショーナは……フィーのお父さんの寝床で寝たんですよね?」
「……っ!?」
「だったら、そこで挨拶しても良かったじゃないですか。『娘さんを下さい。子作りさせて下さい』って」
「ちょ、ちょっと! 一言増えてるでしょ! そ……そもそも……! 『子作り』なんて、相手の両親に言えないでしょ!」
顔を赤くして慌てるショーナに、エイラは……
「フフ……フフフフ……。アハハハハハハッ!」
いつもの様に腹を抱えて大笑いしだしていた。そんなエイラを見て、ショーナは再び右手で顔を押さえると、大きなため息を吐く。
(まぁ……母さん、いつも通りだったから良かったけど……。そもそもだけど……ドラゴンにもあるのか……? 『娘さんを下さい』って挨拶……。
い……いや、それ以前に……! どうして母さんが、『オレがフィーの父親の寝床で寝た』って、知ってるんだ……!?)
ショーナがそうこう考えている内に、エイラは落ち着きだしていた。ショーナは先に浮かんだ疑問を問う事にし、少し顔をしかめてエイラに口を開いた。
「ねぇ、母さん」
「フフ……。何ですか?」
「どうしてその……、オレが……『フィーの父親の寝床で寝た』って、知ってるの……?」
ショーナの問いに、エイラは相変わらず満面の笑みで答える。
「フフ……。決まってるじゃないですか。それは私が長だからですよ」
(……まぁ、何となく分かってはいたけど、やっぱり『いつもの』……か)
少し顔をしかめ、右手の指で顔を掻くショーナ。彼は鼻で小さくため息を吐くと、一呼吸置いて、エイラに相談すべき本題を話し始めた。
「あ、そうだ母さん。オレ、明日……輸送部隊と一緒に、友好派に行く事にしたんだけど……」
「あら……!」
ショーナの言葉を聞いたエイラは、驚いて目を丸くし一言漏らすと、今にも泣き出しそうな沈痛な表情をし、涙を拭う仕草をしながらショーナに言う。
「まさか……。砦を出るだけじゃなくて、独立派からも出るなんて……。そんなに……母さんの……いじりが……嫌だったなんて……」
「え……? あ……ちょっと母さん……?」
「ごめんなさい、ショーナ……。友好派に行っても、フィーと仲良く暮らして下さいね……」
「いや、ちょっと母さん? 明後日には帰ってくるからね? ジコウを捜しに行くだけだから、友好派に移る訳じゃないし……」
エイラの反応を見て、ショーナは慌てて右手をエイラに向けて説明を重ねていた。するとエイラは涙を拭う仕草はそのままに、表情を一変して微笑むと、ショーナに目を向けながら舌を出し、自身の口角をぺろりと舐めた。そしてそのまま彼に言う。
「お泊りデートなんて、ショーナもやりますね~!」
「…………」
ひょう変したエイラに、ショーナは思わず苦笑いをして鼻でため息を吐く。
(……また『ウソ泣き』か……。やっぱり、はまってるのかな……ウソ泣き……)
そう思いつつも、彼はエイラに説明を続ける。
「母さん……。お泊りデートじゃないし、そもそも……今回はオレだけで行くから、フィーは行かないからね?」
「あら……!」
その説明を聞いたエイラは目を丸くして驚くと、またも今にも泣き出しそうな沈痛な表情をし、涙を拭う仕草をしながら言う。
「まさか……ショーナとフィーが破局だなんて……」
「いや、母さん……。破局も何も、そもそもまだ付き合ってもないからね……?」
さすがにウソ泣きだと分かったショーナは、苦笑いをしながらエイラの言葉を訂正していた。当のエイラはすぐに直ると、満面の笑みをショーナに向けて言う。
「フフ……。まだくっついてなかったんですか? お泊りしたのに?」
「…………」
ショーナは何も言わず、苦笑いをしながら右手の指で顔を掻き、ふと思う。
(ウソ泣きしたり笑ったり……。感情が忙しいなぁ、母さんは……)
そしてショーナは一呼吸置きながら気を取り直すと、改めて真剣な顔付きをし、先の話しを口にした。
「まぁ、とにかく……。明日は輸送部隊と一緒に動いて、友好派に着いたらオレは集落内でジコウを捜そうと思う。それで、向こうで一泊させてもらって……明後日、また輸送部隊と一緒に帰ってこようと思ってる。
母さんに相談する前に、ジャック隊長には話しちゃったんだけど……。行ってもいいかな、母さん……」
ショーナの真剣な言葉に、エイラは微笑んで優しく言葉を返す。
「えぇ、いいですよ。……でも、どうしてフィーと一緒じゃないんですか?」
「フィーには少し休んでてほしいと思って……。最近、オレに合わせて動きっぱなしだし……。
今回は輸送部隊と一緒だから、空戦隊の護衛もあるし、それなら……オレだけでもいいかと思って……」
「……分かりました。では、今日は早めに休んで、明日に備えて下さい」
「分かったよ、母さん。……じゃあ、おやすみ」
ショーナは最後に一言挨拶し、エイラの部屋を出て自室へと向かう。彼は自室で夕食を取り、そして早めに就寝した。
翌朝――
曇天で薄暗い朝を向かえ、ショーナは自室で朝食を取り、出発の準備を終えていた。
(……じゃあ、母さんに一声掛けてから行くか……)
彼は部屋を出ると、エイラの部屋へと向かう。彼女の部屋の扉はいつもの様に開かれており、彼は顔を出して中をうかがった。
(……あれ? いないな、母さん……)
彼女の部屋は「もぬけの殻」で、そこにエイラの姿は無い。彼は仕方無く一階へと下り、エイラへの伝言を頼もうと大広間で給仕をきょろきょろと捜す。その時だった。
「あら。おはようございます、ショーナ。そろそろ出発ですか?」
エイラは砦の出入り口で立っており、そこからショーナに声を掛けていた。




