『保護された子』 その5
「ぐっ……!」
ジコウの右手が直撃したショーナは、その衝撃で右に仰け反り、それを見ていたフィーは驚きの声を上げてショーナの下に駆け寄った。
「だ……大丈夫!?」
「あぁ……。傷は……? 自分じゃよく見えなくて……」
ショーナが質問する前からフィーはツメが当たった部分を確認していたが、改めてしっかり確認すると、ショーナに答える。
「血も出てないし、傷も残ってない……。聖竜サマの甲殻って丈夫なのね……」
「そう……か」
それを聞いたショーナは胸をなで下ろした。しかし、はたから見ていたフィーはジコウに突っ掛かった。
「ちょっと! もう少し気を付けてよね!」
「……悪かったよ」
ジコウは申し訳無さそうに、視線を横に外す。
「聖竜サマの甲殻じゃなかったら、どうなっていたか……!」
「……あぁ、気を付けるよ」
フィーの追求に、険しい表情で謝罪するジコウ。それを見ていたショーナは、ジコウに悪意は無かったと判断して、ツメが当たった時の事を思い出していた。
(あの時……、確か……魔角が光らなかったか……?)
ジコウのツメが当たった瞬間、一瞬だったが自身の魔角が光った様な気がしていたショーナ。ただ、ツメが当たった衝撃で左目をつぶり、一瞬の出来事でもあった事から、その確証が持てなかった。
(本当に……オレの甲殻が丈夫だったから、傷一つ付かなかった……のか……?)
そんな事を考えていると、エイラが彼らの側に歩いてきた。特に慌てた様子も無く、普段通りの落ち着いた表情で彼らに話す。
「ショーナも大丈夫みたいですし、もう少し模擬戦を続けましょうか。次は……ショーナとフィーの組み合わせですね」
エイラはショーナの心配もそこそこに、次の模擬戦について切り出した。それを聞いたフィーは、ショーナを少し心配して小声で話し掛ける。
「聖竜サマのお母さん、ああ言ってるけど……大丈夫? 出来る?」
「まぁ……痛みも無いし、大丈夫だと思うよ」
「そう……。それならいいけど……」
そう言うと、フィーは模擬戦の準備で歩いて距離を取り出した。そんなフィーを見ながら、ショーナは再び先程の事に考えを巡らせる。
(分からないけど……、ちょっと確認はしてみたいな……)
真剣な表情をしながらも、どこか目が泳いでいたショーナ。自分の知らない何かが、自分の中に潜んでいる。そう思うと、少しばかり不安な気持ちになった。
「手加減はしないわよ、聖竜サマ!」
気が付くと、既にフィーは模擬戦の準備が整っていた。その声ではっとしたショーナは、慌てて戦闘体勢を取るも、どこか上の空の様な状態だった。
「では、準備はいいですか?」
「はい!」
「…………」
エイラの問い掛けに、フィーは大きな声で返事をするが、ショーナは黙り込んだまま。
「ショーナ?」
「あっ……はい」
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
「模擬戦、始めますよ?」
「はい……」
エイラから改めて声を掛けられ、ようやく返事をしたショーナ。それでも、どこか模擬戦に集中出来ておらず、空返事に近かった。
「では行きますよ! ……始めっ!」
エイラの合図でフィーは勢いよくダッシュし、ショーナとの距離を詰める。
(……確かめるなら、こうするしかない……!)
ショーナは右手右足を少し引いて、更に姿勢を低く構えた。それを見たフィーは、ショーナの手前で右にステップをして彼の左側にスライドターンをし、首元を狙って素早く左手を突き出す。
幼い頃の模擬戦を思い出していたショーナは、敢えて左からの攻撃を誘発させる姿勢を取り、フィーはその思惑通りの行動に出た。
(そこだっ……!)
ショーナは見計らった様に左の翼を広げ、その翼を盾にする事でフィーの攻撃を防御した。フィーが突き出したツメは、ショーナの翼の背面にある甲殻やウロコに当たって防がれた。……かの様に見えた。
攻撃が当たった瞬間、フィーは驚くのと同時に、何か得体の知れない物でも見たのか、気味悪がって数歩後ずさりをする。
「えっ……!? 何……今の……」
同じくして、フィーの攻撃を防いだショーナも、とある確証を得ていた。
(やっぱりそうだ……! 攻撃を受けると魔角が光る……!)
翼を戻したショーナはフィーの位置を確認した。すると、フィーが少し距離を置いて離れており、それに違和感を覚えたショーナは、フィーに声を掛けた。
「フィー、どうした……?」
「聖竜サマ……。今、何したの……?」
「何って……、翼で防御しただけだけど……」
「ウソ……ウソよ! 絶対、何かしたでしょ!」
声を荒げるフィーは、どこか怯えた様な表情に見えたショーナ。
「どうしたんだよ、フィー」
「……光ったのよ」
「光った? ……何が?」
「翼よ! 私のツメが当たったら、そこが光ったのよ!」
フィーの言葉を聞いたショーナは、難しい表情をして考え込んだ。
(魔角だけじゃなく、ツメが当たった所も光った……!? どういう事だ……!?)
考えても答えが見付からず、ショーナは戸惑うばかり。フィーも一気に戦意を失ってしまい、
「ねぇ……、今日はもう中断しない……?」
そうショーナに声を掛けた時だった。
「怖がらなくても大丈夫ですよ」
はっとした二頭は声がした方を見ると、そこには笑顔で近付いてくるエイラがいた。
「それはバリアです。ショーナの魔法なんですよ」
「オレの……?」
「あら? 自覚はありませんでしたか?」
「全く……」
「では……無自覚で発動する魔法、という事ですね」
二頭に歩み寄ったエイラは、笑顔で説明を続ける。
「バリアにも色々ありますが、見た所、ショーナのバリアは……攻撃を受けると自動で発動するバリアの様ですね。攻撃を受けた付近の体の表面を覆う様に、部分的に発動するタイプです」
エイラの説明を聞いたフィーは、疑いの眼でエイラに問い掛けた。
「それ……、相手に害はあるんですか……?」
「いいえ、ありませんよ。バリアはあくまでも守る為の魔法ですから」
「そう……ですか……」
それを聞いたフィーは、ようやく安堵の表情を浮かべた。
(そうか……オレはバリアを使えるのか……)
エイラの言葉で、魔角が光った理由が分かったショーナ。フィーとは違い、少し真剣な表情をしていた。
これまでの模擬戦では、フィーの攻撃は必ず寸止めとなっていて、ショーナに当たる事は無かった。ジコウとの模擬戦の事故が、自分の能力を知るきっかけとなったのだった。
一連の話を終えたエイラは、ここでとある事を思い出した。
「そういえば、ショーナは書庫に行きたいんでしたね。今日の模擬戦はここまでにしましょう。……折角ですし、皆で行きましょうか」
そう言って、書庫に向かって歩き出したエイラ。ショーナ達も続き、その場を後にした。




