幕降りて、再度ベルは鳴る2
レヴィーナ男爵はそもそも商船事業での多額の負債や、紡績業の競争に敗れ事業の立て直しに苦慮していたという。
彼はコーゼリウス男爵夫人など複数の人物から融資を受けており、それが原因でコーゼリウス男爵夫人の愛妾であったレバノール商会の見習いにゆすられる事態となっていたらしい。
オースティンとレヴィーナ子爵のつながりは、彼が軍上層部の指示で身分を隠してオークション会場に潜入し、「ナイトシェード」関連の物品を回収していたことに起因するという。
そもそもレヴィーナ子爵は熱心なコレクターで、私財を投じてこれまでにもあらゆるナイトシェード伯爵のコレクションを集めてきたのだという。オースティンはレヴィーナ子爵に接近し、親身になるふりをしてコレクションを回収しようと画策していたそうだ。
借金で困っているレヴィーナ子爵を助けるふりをして、オースティンはヴァネッサの父であるフェリュイーヌ男爵を紹介した。
バルトレイこと、リーザス・マーティンの部下でもあった彼は、アルバート達がヴァネッサの父を調べていることを知っていた。同時に、なかなか証拠がつかめず気をもんでいたのも知っていたという。
レヴィーナ子爵はますます借金で首が回らなくなり、またしてもオースティンに相談する。そこでオースティンはティアーズのオークションに出品されていた「古代薬草の種」と「レシピ」の一部を入手しようとしたが、侯爵との競り合いには勝てず、「ナイトシェード伯爵のレシピ」と言われている商品のみ競り落とすことに成功する。オースティンが暗号化されたレシピを解読すると、特殊な植物の種が必要であることが判明するが、その植物はこの国のどこにも存在しない遥か南の方の国でしか生育しない植物だったのだという。入手を諦めかけたが、代わりにオースティンは近類種の植物を偶然王都で見つけ、「まがい物」で「不十分」はあるが毒物を精製することに成功した。
それがオースティンのいう所の「まがい物の」ナイトシェードの毒薬だった。
(けれど結局ニセモノのレシピには、具体的な精製の方法が描いていなかったから、満足のいく結果は得られなかったのよね)
それを教えてくれたのは、エヴァンスの兄だと主張するリチャードだった。
執務室に立ち寄る前、彼の見事な研究室に通され、オースティンやレヴィーナ子爵の家や貸倉庫から押収した「まがい物」の毒物と「ニセモノ」のレシピを見せてもらった。
ニセモノとは言えかなり強力な毒薬である毒薬と、そのレシピはリチャード達が厳重に管理保管、あるいは所定の方法で処分するのだという。
消毒液が香る窓際の日当たりの良い場所で栽培されている植物たちが、毒物について嬉々として語るリチャードと同じくらい非常に生き生きとしており、それを褒めるととても嬉しそうにしていたから、彼とはとても気が合いそうだと思い返す。
(ともかく、偽レシピで精製した油はろ過が不十分で不純物が多い場合、加熱すると強い刺激臭を伴う毒成分が発生することが分かった。一方で、新しい手法で丁寧に抽出することで、種の搾りかすから毒素を効率的に分離させることができた。精製されたものを凝縮し、乾燥させると、微量でも即死してしまうほどの強い毒薬の生成に成功したのよね)
それが、オースティンが最後に自分に飲ませようとした、毒薬入りの小瓶だと知り、アルヴィスはぞっとして腕を撫でた。
(試行錯誤を繰り返し、様々な方法で毒の使い方を考えた…。エヴァンスの話によると、診療所に行った時、彼が不在だったのはアルバートに連れられて遺体の検視に立ち会っていたから)
オースティンは様々な方法で「まがい物の毒物」の研究を熱心にしていたようだった。
濃度を変えたり、抽出方法を変えたり。使用方法を変えたり。
精製された高純度の毒薬は、水によく溶け、無味無臭であるということも取り調べのうちにわかったという。その実験に複数の人間の命が奪われたのだと、信じられない思いで聞いていた。
「まだ具合でも悪いのか」
「あなたのせいで気分が悪いだけです」
やや気遣わし気な平坦な声が耳に入り、反射的に憎まれ口を叩いてしまい、アルヴィスはハッと顔を上げて小さな声で謝罪した。
「申し訳ありません。ちょっと考え事をしていたもので」
まったく、自分にしてはらしくないと深くため息をつく。
ちょっとしたことですぐ感情を乱してしまうなんて、淑女失格だ。
(それもこれも、あの人のせいですけどね!!)
キッと顔を上げて赤い瞳の男を睨みつければ、彼はなんだか嬉しそうににこりと笑みを深めただけだった。
(何だろう。何か、―――とても見てはいけないものを見てしまった気がするわ)
ともあれ、アルヴィスの最大懸案事項だった「植物図鑑」も、こうして無事に取り戻したし、なんだかんだでお礼も述べた。
常識的に考えて、すべきことは済んだ。
もうここにいる意味はないと立ち上がる。
「帰るのか」
「帰ります。一連の騒動のおかげで、すっかり領地に帰るのが遅くなってしまったものですから」
あなたのせいですけどね!
もう一度心の中で独り言ちて、アルヴィスは立ち上がって扉の方に向けて歩き出し、足を止めた。
そういえば、最後にどうしても言っておかねば気が済まないことがもう一つだけ残っていた。
視線の先には、立ち上がったアルバートが相変わらず完璧に整った顔をこちらに向けている。
アルヴィスは大股で彼の正面に歩み寄った。
「なんだ」
澄まし切ったその美麗な表情がぎゃふんと歪むところを想像し、アルヴィスは指を伸ばして、ためらいなくアルバートの襟元を思いきり握りしめる。その瞬間、アルバートの形の良い眉が微かに動いた気がしたが、気にも留めず、そのまま力いっぱい引き寄せた。
―――さら、と微かな音を立てて、意外に滑らかなアルバートの黒髪がアルヴィスの額に触れる。
「あのですねっ」
眼前に、自分より背の高い男性の顔を引き寄せて、アルヴィスは極上の笑顔で微笑んだ。
「私を事実無根の罪で犯人に仕立て上げたのは、貴方ですね?」
言うなり、アルバートは顔を片手で覆って、爆笑した。
抑えきれない笑い声が部屋に響き渡り、アルヴィスは呆気に取られ、しばしそのまま硬直した。




