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幕降りて、再度ベルは鳴る1


 ()()()()()()としてアルバートの執務室に来訪したアルヴィスは、椅子に腰を掛けた状態で目の前のアルバートをじっと見据えていた。


 ようやく返却された植物図鑑が膝の上に置かれているにもかかわらず、心の奥底では沸々とした怒りが消えない。「淑女らしく」と自分に言い聞かせるものの、こめかみが脈打つ感覚を抑えるのに必死だった。


 怒りの矛先である当人は、机の引き出しを一瞬気にしたように一瞥したのち、やや離れたソファの上で毛を逆立ている様子のアッシュブラウンの髪の女性を見やった。


「機嫌が悪いようだが」


「当たり前です!!」


 リタが聞いたら「淑女が、大声を、上げません!」と叱り飛ばされそうだが、寸分の狂いもなく噴火口をつついてくれるアルバートという男に対し、もはや遠慮は無用だった。


 淑女の仮面をはぎ取り、アルヴィスは灰緑の瞳を怒りに染めて、憮然として言い放つ。


「私を、なんだと、思ってるんですか!?」


 眦を強く吊り上げて今にも掴みがからんばかりの勢いである。


「人間」


「ふざけてるんですか!?」


 しれッと言い放たれた短い回答に、アルヴィスは思わず立ち上がった。


 数日前に自分を捕縛したリーザス――本名マーティン・バルトレイと対面した。


 事件後、体調が落ち着いてから見舞いの品を片手にわざわざ謝罪に訪れた彼の姿を思い出すと、アルヴィスの胸の中に未だ整理しきれない感情が渦巻く。


(最初は横柄な軍人だと思っていたけれど、本当はものすごくいい人だったのよね、バルトレイさんは。この目の前の悪魔のような人とは違って)


 全てが目の前の人物によって仕組まれていた、ということはバルトレイから事情の説明を受けるうちにわかったことだったが、あまりにも()()()であった。正直人としてどうかしているし、感情のある人間とは思えないような思考回路である。


 もっと適任な人物ならいたのではないかと思うのだが、内情のことを何一つ知らないアルヴィスが代案を考えようとしても無駄なことではあった。第一、事象は既に終結してしまっているのだから。


 エヴァンスの邸で、涙を流しながら謝罪を続けるバルトレイは大きな動物のように見えた。体は大きいのに身を縮めて滂沱の涙を流す様子に、あのリタでさえもすっかり毒気が削がれ、お茶のお代わりを進めたほどだった。


 あんないい人に、なんて卑劣でかつ過酷な仕事を与えたのだ、とアルヴィスは今一度アルバートを睨みつけた。ただし、本人が動じている風はない。こちらに静かに視線を投げたまま、何を話すでもなく口を閉じているだけである。


 そんな彼が仲間内から「鬼畜悪魔大佐」と呼ばれていることを知ったのはここに来る途中だ。


 せっかく心身ともに回復したのに気が滅入ったのは間違いない。


 それよりも何よりも、一番腹立たしいのは療養中の自分を訪ねてきたアルバートの行動だ。


 エヴァンス邸に事前の知らせもなく突然現れ、寝台の上で鼻をすすっていた自分に会うなり視線を逸らし、ねぎらいの言葉もなければ見舞いの言葉もない。目視して生存は確認できたから、もう用はないとばかりにさっさと踵を返し部屋から退出した。その間、たったの三秒。


 高熱がようやく落ち着いて、ごっそり奪われた体力で体を起こすのもやっとだったが、実のところ会えるのを楽しみにしている自分がいたのも確かだ。急な訪問は驚いたが、エヴァンスの方には知らせがいっていたのかもしれないし、自分はまだ頭がぼんやりとしていたから、状況を十分に把握できていなかったのだろう。


 アルバートが見舞いに来た、とアリエンスに伝えられ、少し心が跳ねた。浮ついた気持ちというよりは、純粋に感謝を伝えたいと、おそらくきっと、考えていたはずだ。多分。


 リタの手を借りながら、見苦しい姿を極力見せないように配慮しながら彼を待った。自分の危機を救ってくれたことにも感謝しているし、エヴァンスの邸へ運び込み、医者を手配してくれたのもアルバートだと聞いていたからだ。


 風邪が治って外出の許可が出次第、お礼に向かう手筈もリタと相談して決めた。


 それなのに。


 感謝を述べる隙も機会も与えられず、彼はあっさりと帰ってしまったのだ。


(見舞いに来たなら普通、一言くらい声をかけてくれるものでしょう?)


 別にもう少し話したかったとか、ちゃんと顔を見てお礼を告げたかったとか思わないでもなかったが、それ以上になんだかよくわからない胸のむかつきが抑えられず、アルバートのことを考えれば考えるほどイライラが募るばかりなのである。


 アリエンスによれば、「官給品を回収する必要があっただけだ」と告げたのだという。


 なんだそれ。そうなら別に、わざわざ自分が寝ている部屋に来る必要などないではないか。


 アルヴィスは無意識に拳を握り締めていた。


(どうしてこの人は、相手の心情を思いやるということをしないのかしら!)


 執務室に通されるや否や、手早く用事を済ませようと思ったのか、挨拶も着席を待たずに「ことのあらまし」を勝手に語り始めたアルバートの姿を思い出し、アルヴィスは頭痛をやり過ごすようにこめかみを揉みほぐした。


 一つ深呼吸をして、なんとか気持ちを落ち着かせ、諦めたように肩を落とす。それから、彼からかいつまんでではあったが、意外と丁寧に説明をされた「今回の事件の真相」をゆっくりと思い出す。


(まさか、オースティンだけではなくて、被害者の一人だと思っていたレヴィーナ子爵も関わっていたなんて、全く予想外だったというか。予想なんてできるはずなかったのよ)




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