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04.リタ

 午後の柔らかな陽光がレンガ造りの薬草店の外壁を温かく照らしていた。アルヴィスが満足げに薬草の入った紙袋を抱えて店を出たその瞬間、鋭い声が人通りの多い通り中に響き渡った。


「アルヴィス様!」


 思わず振り返ると、侍女のリタがこちらを見据えて立っていた。眉を吊り上げ、焦茶色の目をカッと見開いて怒りを露わにしている。


「淑女が、一人で、ふらふらしません!」


 リタの言葉に、アルヴィスは少し驚きながらも、慌てて紙袋の隙間から手を振った。


「だ、大丈夫よ、リタ。薬草を買っただけだから……」


「その油断がいけないんです! 何かあったらどうするんですか!」


 シンプルな外出用のスカートの裾をつまんで恐ろしい速度で近寄ってきた栗色の髪の毛の侍女が、アルヴィスが驚く間もなく手際よく荷物を横から奪い去り、背後に控えていたもう一人の男性の使用人に声をかけて荷物を宿に持っていくように手配する。


 リタの隙間からステファンがくすんだ金髪の瞳を覗かせて片手をあげる。どうやらここにいたのか、かようやく見つけたと言いたかったようである。


「ステファン、お願い。私はお嬢様に大事なお話をしながらゆっくり宿に戻ります」


 念を押すようにステファンに言づければ、彼は大きく手を振って人ごみの中に消えて行った。


 彼を見送るとリタのお小言が始まる。アルヴィスは申し訳なさそうに頭をかきながら、彼女の反応に困惑する。


「ちょ、ちょっとリタ、そんなに怒らなくても」


「そんなことを言っても聞きません!未婚の淑女が一人で外に出歩くなんて、聞いたことがありません! ましてや王都のような賑やかな場所で、何が起こるかわからないじゃありませんか!」


 リタの言葉には、母親のような、姉のような厳しさが込められている。アルヴィスは小さく息を吐き、少しだけ顔をしかめた。


「でも、朝も少し出かけたんだし」


「ああ、またおひとりで診療所に行かれたのですか!雑事は私にお任せ下さいと口を酸っぱくして申し上げましたのに!」


「そんなに怒らなくても……」


 アルヴィスは困ったように手を振りながら言った。


「それでも! お嬢様が一人で外に出るなんて、心配で仕方がありません! 診療所に行くのだって、どうして私に声をかけず一人で行かれたのですか? もし何かあったらどうするつもりですか!」


 リタはその場で足を踏み鳴らし、息を整える。


 だってリタに言ったら絶対に止められるし、今日は運よくエヴァンスがいなかったからよかったけれど、顔を合わすたびに喧嘩を始めるのを見るのが苦手で、とはさすがのアルヴィスも口に出せない。


「お嬢様。聞いておられますか?」


 じろりと鋭く見つめられて、アルヴィスは深くため息をついた。


 それから少し遠くを見るようにしてから、穏やかな声で答えた。


「リタ。いつもと同じように、依頼された薬品を届けただけなのよ。在庫の確認だってリタは薬品名がこんがらがりそうでわからなくなると以前言っていたでしょう?それに、エヴァンスの診療所のある場所は安全だし、何も危ないことはなかったわ。今までだって大丈夫だったもの」


「それでも、です!」


 リタは手を腰に当ててさらに怒りの表情を強めた。


「貴族の娘として、自覚をもってもっと慎重に行動していただかなくては、寿命がいくつあっても足りません。――私の」


「わかってるわよ、リタ」


 彼女が自分をとても大切に思ってくれていることが伝わり、なんだかくすぐったくてアルヴィスは灰緑の瞳を細めた。


「でも、こうして一人でいると少し気分が楽になるの。心配しすぎだわ」


「心配しすぎではありません。お嬢様が非常に用心深いことは私もよく存じておりますが、王都は人が多い分、何が起きるか本当にわからないんですからね」


「わかったわ。今度からは気をつける。でも、今日はもう大丈夫だから、リタも落ち着いて」


 リタはまだ少しふくれっ面だったが、アルヴィスの真摯な態度を見て、ようやく少し顔を緩めた。

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