75.閑話(セリウス視点)
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ステファンと何を話しているのだろうかと思えば、アルバートは突然、何かに気づいたように怒鳴って部屋を飛び出して行ってしまった。
その動きはあまりにも速く、周囲の誰もがその一瞬を見逃した。
扉を押し開ける際、すこしだけ見えた彼の横顔は普段の冷静さを欠き、深い怒りと焦燥に満ちていた。
アルバートが立ち去ると後に残ったのは、重く、静まり返った会議室だった。誰もがその場に立ち尽くし、目の前で起きたことをそれぞれの頭の中で反芻していた。
何か大変なことが起きたのだとはわかったが、それが何かは判然としない。なにせここへ到着したばかりで情報が足らないのだ。
おそらくは、今回の事件に関連しているということだけは推測できたのだが、与えられた断片的な情報だけでは結論を得ることはできなかった。
オースティン・ゼファラム。
その名前が出た時、アルバートの瞳の奥が揺らいではいなかったか。
見知った友人の名前が出たと思えば、バルトレイがアルバートに何かを耳打ちし、そこから会議室の状況は一変した。
それにしても、常に冷静沈着でどのような不測の事態に超面しても、落ち着いて淡々と行動する彼が、珍しいこともあるものだとセリウスは目を瞬かせる。
きっと、かつてない程の、全く予想外の出来事に、心臓が飛び出るほど驚いたに違いない。
次第にざわつき始めた会議室の様子を見まわしていると、何の気なしに目が合った天敵のリチャードが藍色の相貌をこれ以上ないくらい細めてニヤリと笑った。
「君には勝ち目がないよねぇ。―――だって無職だもの」
何が、と問い直す前に、「行くぞ。ばい菌」とエヴァンスに拳で後頭部を殴られて、セリウスは引きずられるように会議室を後にした。




