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72.緑の目

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 手にはじんわりと汗が噴き出ている。


 動揺を悟られないように、取り繕った笑みを浮かべてリタと共に噴水の方向へ向けて、とりとめもない話をしながら庭園を歩いているのだが、今にも心臓が口から飛び出てしまうのではないかと思うほど、耳の奥でどくどくと脈打つのが聞こえていた。


 ラスフォード邸は、遠目にもその惨状が目に焼き付くほど悲惨な姿をさらしていた。


 白く美しかった外壁はあちこちで砕けて落ち、残った窓ガラスが乱反射する薄い光を受けて不規則に輝いている。玄関アプローチの上部には黒く焦げたような痕跡があり、燃え尽きた名残を風が掻き散らしていた。


 敷地の入口からは、建物全体の詳細までは見えないが、それがかえって不気味さを助長している。


 傍らで「今日は少し肌寒いですね」と空を見上げるリタは、まだ異変に気づいていないようだ。


 それはそうだろう。


 オースティン・ゼファラムは全く普通のどこにでもいるような青年で、親切な軍人で、紳士だった。レヴィーナ子爵と楽しそうに談笑をしながら邸へと足を進める姿は、本当にどこにでもいそうな普通の青年の姿そのものだった。


 ある一点を除いては。


 ゼファラムに顔を寄せられたほんの一瞬、僅かに鼻をかすめた消毒液のような香りに混ざる、青臭い草の香りと火薬のような香りがした。


 それは、あの時、夜会でかすかに嗅いだ煙の香りに似ていて、気づいた時にはもう遅かったのだと気づいた。


「内緒にしてくださいね」


 と、彼は含みのある底冷えするような目で言った。


 ヴァネッサとはまた違う、刺すような悪意を持った視線だった。


 なんとかしてこの場から逃げなければと思うのだけれど、時折笑顔を向けながらこちらの様子を確認している様子のオースティンはなかなかに隙がなかった。


「本当に見つかるでしょうか」


 リタのその声には、結局見つからなかった場合、その後はどうするのか考えているのですか?という意味が含まれているのに気づく。


 結局見つからなかったら、とリタは言うが、実際はブローチを見つけに来たのではないのだと説明するわけにもいかない。


 ずっと気がかりだったことがある。


 エヴァンスの指示を受けながら必死で処置を手伝っていた時、感じた違和感の正体。それがずっとここ数日引っかかっている。


 鼻につく、火薬とは別の刺激臭。


 救命を求める人たちの、火傷とは別の肌の状態。


 目や喉、鼻。粘膜に強い痛みを訴える人々。


 煙の中から飛び出してきた人ほどその症状は重く、離れていた人ほど軽い。


 会場の中にいた人の中でも、風通しの良い場所に居た人は、ほとんど軽傷だった。


 ただの煙だから染みたのだと、何度もそう思おうとした。


 けれど、ナイトシェードという毒物が使われたのだとヴァネッサは言った。


 ナイトシェード。


 その薬を作り出したのはアルヴィスだと言った。


 事実無根の罪を被せられ、拘留されたあの部屋の中でずっと考えていた。


 それはいったいどんな毒薬なのだろう。


 どのような植物から、どのように成分を抽出し、どのように精製するのだろう。


 オースティンから感じた、あの香りとどのような関係があるのだろう―――。


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「リタ」


 肩をゆすられ、ふと現実に戻ると、いつの間にか「目的地」の噴水にたどり着いていたことがわかる。ぼう、とするアルヴィスにリタはにこりと微笑んで、あちらの方を探してきますねと邸の近くの芝生を指差し大股で歩き出していく。


 レヴィーナ子爵は、いつの間にか現れた別の軍人と一緒に、邸の方に向かっていった。


「―――さて。()()()()()()()()()()()


 ふわりと風が吹いて、横髪がサラリと頬をかすめた。


 アルヴィスは振り返り、自分とは異なる、緑色の相貌をした男に向き直った。

 


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