68.記憶の欠片
落ち着いた物腰の青年で、人当たりの良さそうな柔和な雰囲気を湛えている。
アルヴィスは彼に会ったことがあった。
ただ、名前は知らない。
見覚えがあるのは顔立ち。くっきりとした二重の双眸に光る緑の双眸。
夜会で最後にセリウスに声をかけて呼び止めた時も。バルトレイが宿にやって来た時にもいた。
ペリドットの耳飾りの入った箱を彼に手渡したあの男だ。
「ああ。ゼファラム准尉」
レヴィーナ子爵が満面の笑みを浮かべて手を差し出した。
「あなたがこちらにいらっしゃるとは」
よく知った仲なのだろう。
レヴィーナ子爵の顔には安堵の表情が浮かんでいる。
「良く見知った姿を見かけて近づくうちに、事情を聞いてしまったというわけなんです。盗み聞きだと、からかわないでくださいね」
ゼファラムという青年は親しげに微笑みながら言葉を続けると、子爵と軽やかに挨拶を交わした。
彼はレヴィーナ子爵の肩を軽く叩き、「心配しなくても大丈夫」と励ますように言葉を添えている。
門番たちはゼファラムから事情の説明を受けると、互いに一瞬視線を交わした後、短く「了解しました」と返事をし、門を開ける準備に取り掛かった。
レヴィーナ子爵は喜んで、我先にと門の近くへと足を運ぶ。徐々に開かれていく様子を見ながら、アルヴィスはゼファラムに控えめな礼を示した。
「私情でお手を煩わせてしまい、申し訳ございません。あの、本当によろしいのでしょうか?ご迷惑をおかけすることになるのでしたら、また後日伺います」
という建前を、しおらしい態度で述べれば、ゼファラムは緑の瞳に悪戯っぽい光を浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
口元に人差し指を当ててこちらに内緒話をするように顔を寄せてくる。
「内緒にしてください」
囁かれる言葉と共に、鼻の先にサラリとゼファラムの前髪が触れる。
「っ」
「お願いしますね」
あまりの近い距離に驚いて身を竦ませると、ゼファラムはすぐに顔を離し、何事もなかったかのようにこちらに背を向けて歩き出す。
「建物の中は危険ですので立ち入りを禁止しています。これは子爵も同様ですので、どうかご理解ください。ただ、庭園の方であれば問題ありません。私や部下たちの視界の範囲内にいていただく条件を守っていただけるなら、立ち入りを許可しましょう」
「そうか…」
「邸の中に入らないのでしたら、外から見ていただく分には構いません。部下を付けますので、危険な場所には近づかないようお願い致します」
ばくばくと心臓が音を立てるのを隠すように、アルヴィスは両手を胸の前で握り込んだ。
後ろに控えていたリタが心配したように背中に触れたのに気づき、ほう、と息を吐く。
「さあ。お嬢様方、こちらへ。足元にはお気を付けくださいね」
促されるまま、アルヴィス達はゆっくりと敷地内へと足を踏み入れた。




