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63.陥落(ヴァネッサ視点)

「ヴァネッサ!!」


 背後から、母の金切り声が耳に届いた。


 女性の軍人二人に両肩を抑えられるようにして、物のように運ばれている母の姿が横を通り過ぎる。


「ヴァネッサ!!大丈夫よ。これは何かの間違いよ。そうに決まっているわ!」


「メイノワール中尉。夫人を車両にお乗せしてもよろしいですか?」


「え!?お母さま、お母様をどこに連れて行く気!?」


 ヴァネッサが一歩詰めよれば、メイノワールという青年の背後に控えていた二人の男が、それを制するように一歩前に出る。メイノワールは片手を上げて退けると、天使のようにやわらかな笑みを浮かべ、こう言い捨てた。


「自分の都合のいいように真実を捻じ曲げて、無罪の人間に罪をかぶせるような行為は慎んだ方がよかったと思うんだが、もう終わってしまったことはどうしようもない。被害妄想多めの偽情報提供をどうもアリガトウ。多少情状酌量の余地があるかもしれないけれど、自分が何を、どのように、誰にしたか、ということは頭に入れておいた方がいいよ。お馬鹿な貴族のお嬢サマ」


「なにを…言って」


 これ以上放す時間も関わる時間も無駄だとばかりに、紫水晶の瞳を鋭く眇めて、メイノワールはヴァネッサの横を通り過ぎた。そのまま、悠然とした足取りで鼻歌を歌いながらこの家の家主がいる部屋に足を向ける。


 呆然とするヴァネッサの背後で、父の怒鳴り声がさらに大きな音となって空間を震わせた。なにを言っているのかわからないが、父がとてつもなく怒り狂っているということだけは伝わった。


 軍人たちがあらゆる家財を次から次へと運び出していく。


 壁に駆けられた女神の肖像画も、宝石を嵌め込んだ見事な細工のオルゴールの小箱も。


 父が十歳のヴァネッサの誕生日に有名な画家に描かせたという大きな肖像画も。何もかも。


 べたべたと汚い手で、容赦なく彼らは奪い去っていく。


 使用人たちはヴァネッサに目もくれず、指示された通り邸の外に出ていく。その時、やや離れた場所に居たはずのメイノワールの涼やかな声が、歌うように耳に響いた。


 ヴァネッサは自分にぼそぼそと何かを言い並べていた軍人に背を向けて、引き留める声も無視して父親の部屋へ向かった。


 もたつくドレスの裾を持ち上げながら、開け放たれた父の執務室の前まで到着した時、死刑宣告のように流麗な声が聞こえる。


「公金横領の件であなたには軍本部まで速やかにご同行いただきマス。家財の一切は証拠品として今現時点を持って差し押さえ、軍の管理保有物とシマース。本捜査の指揮官は私、ヘンドリック・メイノワールが謹んで務めさせていただきますので、手抜かりなく、万全に粛々と捜査を行わせていただきマス。奥様、お嬢様にも軍本部で部下たちが別々のお部屋でお話をお伺い致しますので、―――速やかに、ご同行願います、ブタ野郎」


「そんな…、何かの間違い―――」


 言いつのろうとした父が、メイノワールから何を聞いたのか、顔を強張らせてドアの向こうに立つヴァネッサを見た。声にならない言葉が、唇の形で読み取れる。


 おまえが、まさか。そんな。


 父はわずかに狼狽した後、急に大人しくなり、抵抗することもなく役人に連れられてヴァネッサの横を通り過ぎていく。


「お父様!」


 呼びかけても、父は一向に振り返らない。


「アレ?まだこんなところにいたの?ダメだよー。ちゃぁーんと、いうこと聞かないと」


 何が面白いのか、カラカラと乾いた声で笑いながら、興味がないとばかりに部屋を出ようとするメイノワールを睨みつけようとすれば、その視界を誰かが遮った。


「お嬢様。ご同行願います」


「いやよ!触らないで!!この下民!!」


 手を振り払って怒鳴り散らせば、一瞬相手が怯む。


 だが。


「アノ、ネェ」


 音もなく、近づいて来た青年が濃い怒りを紫色の相貌に含め、ヴァネッサを睥睨する。


「ヒッ」


「これでも、我慢して、誠実に、冷静に、お仕事してるって、わかんないカナァ?」


「ち、ちかづ、ちかづかない、でっ」


 ヴァネッサの両頬を白い手袋が油でも搾るように力強く掴んだ。身動きも、言葉も紡げず、目を白黒させていると、メイノワールは冴え冴えとした表情で静かに吐き捨てた。


「―――お前みたいな貴族(カス)。残らずこの世から消えればいいのに」


 何と言われたのかわからず、ヴァネッサはその場に崩れ落ちた。


 誰かが両腕を掴み、身動きができない自分の体を引きずるようにして移動し始める。


 背後で重たく扉が閉まる音がした。


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