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58.リーザス・マーティン(1)

***********


 リーザス・マーティン。


 ()()()スティーブン・トーマス・バルトレイという。


 直属の上司であるアルバート・ダスクモア・グリムリッジ伯爵は、「鬼畜悪魔大佐」の名前をほしいままにしている、怠惰な無能が大嫌いな冷酷無慈悲な人物である。


 仕事に関して冷徹なまでの実力主義的な考え方を持つ彼は、平民だろうが貴族だろうが「彼にとって有益で使える人物」であれば、多少の性格の難があろうが容赦なく登用する。


 逆に口先ばかりで仕事をしない人間に対しては、どんなに高位の爵位を持っていようが、敵とみなせば容赦なく職を奪い、閑職へ追放する。


 仕事ぶりは鉄壁で極めて冷静沈着。


 長く彼のことを良く知る付き合いの長い上官でさえ、鬼畜悪魔大佐が狼狽えたり、感情を激しく乱しているところを見たことがないという。


 眉間に深い皺が機嫌の度合いによって刻まれる他は、四六時中ほぼ無表情で、「笑っているところ」を見たところがない。


 確かに鼻先で嘲るような表情や、捜査の妨害を受けた時にぞっとするほど冷淡な微笑を浮かべていることもあるのだが、あれはスティーブンの知っている「笑顔」とは別物だ。


「機嫌の良しあしは眉間の皺でわかりますよ」と何でもないことのように明るく言う上官も上官だと、スティーブン達部下は全員一致で思っている。


 むしろあの赤い瞳を持つ悪魔が微笑みを浮かべているような現場に出くわそうものなら、「末代まで祟られてしまう」と部下の間では語られていた。


 いき過ぎた仕事中毒者である彼が自宅としているタウンハウスに戻っている姿を見たものはほとんどおらず、執務室に住んでいるのではないか、と囁かれている。


 その彼が、この数日わずかばかり機嫌がよさそうだと紫の瞳の上官が言っていたが、誰もその言葉を信じてはいなかった。


「よくやった。バルトレイ」


 今もまた深い皺を眉間に寄せた状態で、感情のこもらない平坦な声でねぎらっているのかどうかわからない言葉を出した。


 彼が今、うっすらと口の端を吊り上げながらページを捲っているのは、フェリュイーヌ男爵令嬢からスティーブが回収した手帳の一冊だった。


「わぁ。いろんな人の名前が書いてありますネ」


 にこにこと、とても嬉しそう、―――楽しそうに声を弾ませているのはアルバートの副官の一人である、メイノワール中尉だ。


 黄色い綿菓子のようなふわふわとした明るい金髪が特徴的で、一見すると人当たりの良さそうな柔和な外見をしているが、紫水晶を研いだような瞳は鬼畜悪魔大佐と同じく他に容赦がない。小悪魔中尉と呼ばれているヘンドリック・メイノワールはその瞳をにっこりと細めて、甘い毒のようにこちらに笑いかけてきた。


「長い潜入捜査、ご苦労様でした。これで心置きなくご自宅に帰れますねッ」


 望んでいた結末なのに、とても腑に落ちなくてスティーブンは大きくため息をついた。


「こんな悪事に加担させられていたなんて、もし妻に知られでもしたら」


 心臓発作で死んじゃうよっ。


 黒曜石のような真っ黒な瞳に涙が浮かぶのはそう遅くなかった。



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