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48.コート

 アルバートの執務室に通されたアルヴィスは、やや落ち着きを取り戻し、案内された執務室の様子に驚いていた。エヴァンスとは違う意味で彼は相当几帳面な性格のようだ。


 室内は暗めの照明で落ち着き、計算されたように並べられた書棚や整然としたデスクが目に入る。デスクの上には幾つかの書類が整然と置かれており、その上には一つも余分なものがない。何がどこにあるか完璧に把握しているような配置に、驚きと共に嘆息する。


「座るといい」


 自分はさっさと執務用の椅子に腰を下ろし、無言で書類に目を通し始める。


 先ほど部屋を出た際に「部下に説明をさせる」から「自分が説明をする」と変更したにもかかわらず、一向に事情を説明するそぶりはなかった。


 呆然と部屋に立ち尽くすアルヴィスに顔を上げないまま近くの椅子をペンで差して促す。


 アルヴィスは内心ヤキモキしながら、感情を抑え込もうと努力し、アルバートからやや離れた位置のソファに座った。深いグリーンの皮のソファは硬く、程よい座り心地である。


「あの。お茶をお持ちしましょうか?」


 ノックと共に入室してきた下士官が、アルヴィスとアルバートの方を交互に見つめながら声をかけてきた。


 空気は冷え切っており、薄手のこの身は、実はもう我慢が限界なほど寒さを訴えていた。


 奥歯をしっかりと噛み締めていなければ、カチカチと歯が鳴って音を立ててしまいそうなほどの寒さなのである。だからこそ、申し出は非常にありがたく、アルヴィスは一刻も早く温かい飲み物を手に入れたいと頷きかけた。


 時だった。


「不要だ。下がれ」


 愕然とするこちらの表情をよそに、こちらを見向きもせずペン片手に書類にチェックを入れ始める鬼畜男のあまりの対応に、アルヴィスはたまらず声を上げた。


「あの部屋がどんなに寒かったのか、一度体感していただきたいです」


「俺はコートを着ている」


 アルバートはゆっくりと顔を上げると何でもないことのように非常に淡々と、不機嫌そうな表情を一切変えることなく言い捨てた。


 アルヴィスは自分のこめかみの下の血管が怒りで脈打つのを感じながら、にこりと微笑む。


 凍り付く執務室の中で、下士官だけが困惑したように視線を彷徨わせている。


「別にあなたのことを言っているのではないのですけれど?」


 その言葉にアルバートは微妙に顔をしかめ、これ以上ないくらいめんどくさそうにわかりやすく大きなため息をついた後、ようやく「彼女に紅茶を」と命じた。


 アルヴィスはようやく暖を取れることに安堵したものの、執務室の冷たい空気に加えアルバートとのやり取り、数日の疲労が重なってふらふらと眩暈がする心地がした。ゆらゆらと体が揺れそうになるのを何とか押しとどめ、自分を律するように固く目を瞑る。


(寒いわ・・・・)


 気が付けば握り込んでいた植物図鑑に自分の熱が移っているのを感じるが、体温を温めるにはもちろん不十分で、アルヴィスはまた小さくくしゃみをした。


(早く終わって、帰れないかしら…)


 紅茶が運ばれてくるまでの時間がとてつもなく長く感じられた。


 それに、いったいいつになったら「釈放の理由」を聞かせてくれるのだろう。


 そんなことを考えこんでいると、ふと目の前を影が覆った気がした。


「え?」


 ハッとして視線を上げると、赤い宝石のような双眸がまっすぐにこちらを見下ろしていた。


 状況を理解するまもなく、突如視界が黒いもので覆われ、軽い衝撃にアルヴィスは目を見開く。


「わっ」


「貸してやる」


 投げてよこされたのは彼の軍服の上着(コート)のようだった。


 厚手で滑らかな触り心地があり、意外と気持ちがいい。しわにはなりにくい材質のようで、触れているとほんのりと温かみが増した気がした。


 淑女に対する態度ではないとリタがいれば文句を言ったところだろうが、アルヴィスはありがたく借り受けることにした。その後のことは、記憶に残っていない。



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