42.焦燥
セリウスは若い下僕に導かれ、エヴァンスのタウンハウスのホールに足を踏み入れた。
扉が開かれた瞬間、柔らかな光が中に差し込み、空間全体を煌めかせるように広がった。その眩しさに一瞬目を眇める。
足元には深い紫色と金の模様が織り込まれた絨毯が敷き詰められ、その上を歩くたびに心地よいクッション感が広がる。壁には精緻な額縁に収められた絵画や年代物の美術品が飾られ、公爵家の格式の高さと上品さを感じさせる。
執事のアリエンスが取り込み中とのことで、下僕の案内で来客用のサロンに向かっているのだが、一分一秒が惜しい身としては、今すぐエヴァンスの部屋に殴り込みに行きたい気分だった。
ホールの奥に目を向けると、アルヴィスの侍女のリタと見慣れない若い男性が立っていた。目にかかるように前髪が伸び放題で容貌がいまいちすっきりとしないが、くすんだ金色の瞳をどこかで見たような気もした。
「ここにいたのか」
リタの姿を認めた瞬間、セリウスは思わず胸を撫でおろした。
思わずほっと息をつく。けれど、違和感を感じて足早に歩み寄ると、リタもこちらに気づき慌てて深々と礼を取った。
「ヘイウッド卿」
それを制して、彼女の身なりにさっと視線を走らせた。
訪問用の厚手のコートに身を包んでいる。
普通であれば、どんな使用人も上着を取るのが作法なのだが、彼女が忘れているとは考えにくく、セリウスは眉をひそめた。
そしてそれが、おそらく確実に自分が最も気にかけている少女に繋がることだと確信して尋ねる。
「アルヴィスの、ファロンヴェイル子爵令嬢の話は聞いた。事件の嫌疑をかけられ、強引に連れていかれたらしいな」
その言葉にリタは小さく息を詰める。
それが真実であると示しているようで、セリウスの胸に再び重いものがのしかかった。彼はリタの顔をじっと見つめ、さらに何かを問いただそうと口を開きかけたが、その先の言葉は慎重に選ぼうと言葉を飲み込んだ。
セリウスは夕方の薄明かりが差し込むころ、先日の夜会のお詫びを兼ねて、アルヴィスを明日のディナーに招待する旨をしたためた招待状を使用人に持って行かせた。
しかし、家の者が訪問したところ、彼女の部屋はもぬけの殻で使用人のリタの姿もなかった。
宿の主人に尋ねれば、軍の関係者が彼女を車に乗せてそのまま帰ってこないという。どうやら何かの事件に関わっていて、連れていかれたのだと。
急ぎ戻った使用人からその知らせを受けるが、何が起こったのかわからなかった。
軍に連行された?
エヴァンスは無事だと言わなかっただろうか。
何かの誤解ではないかと一瞬思うものの、事実を確かめようがなく、焦りばかりが募っていく。
軍本部に直接向かうことも考えたが、彼はあくまで部外者に過ぎない。その立場で行動しても、無駄に事態をややこしくするだけだろう。
それならば、エヴァンスなら何か知っているかもしれない――そう直感的に思い、急遽エヴァンスのタウンハウスに足を運ぶことを決めた。あの道楽で町医者をやっている公爵家の三男が貴族や軍の事情に精通していることを知っていたからだ。
それに彼は友人としてアルヴィスを非常に大切にしていると感じていたためだ。
彼の家に向かうことで、少なくともアルヴィスの状況を掴む手がかりが得られるのではないか、そう思った。
「―――セリウス、お前も来ていたのか」
階段の上から声がかかり、セリウス達は振り向いた。
そこに現れたのは、貴族の青年らしい服装に身を包んだエヴァンスだった。




