36.歪んだ自画像
アルヴィスのせいで何もかもうまくいかない。
地味で何も特筆すべきものがないくせに、アルヴィスはいつもここぞという時にヴァネッサから注目を奪っていった。
父親は、「親がいない孤児なのだから、お前が気にする必要はない」と微笑みながら頭を撫でてくれた。それからどんなにヴァネッサが素晴らしいかを褒めたたえ、彼女が満足するまで美しい宝飾品やリボン、レース、羽根飾りの扇子、王族や一部の高位貴族でしか手に入れることができない最先端の流行のドレスを買い与えてくれた。
「お気に入りの男性がアルヴィスを選んだのが許せない」と母に涙ながらに訴えると、「あなたほど素晴らしい女性はいないわ」と甘い微笑みで慰めながら「それなら、彼女の悪評を少し広めればいいのよ」と簡単な解決策を提案してくれた。
その言葉にヴァネッサは心が軽くなるのを感じた。
母の助言に従い、アルヴィスの情報を集めるうちに信じられない話を耳にした。
領地での彼女の「仕事」についての噂だ。
両親が他界しているからと、祖母と共に薬草園を経営していると聞いたときも驚きだったが、彼女自身が泥まみれになりながら実際に働いているという話を知ったときには、衝撃が走った。
両親から「女性は笑っていればいいのよ」と教えられたヴァネッサにとって、「働く」という行為は貴族の男性のすることであり、手を汚して泥にまみれて働くことは労働階級の身分の低い人間がすることだった。
貴族令嬢がそんなことをするなんて――俄かに信じがたい話だった。
疑念を抱きながらも、アルヴィスの領地での様子を知る彼女の数少ない友人に確認すると、それが事実であることを知る。
彼女はまさしく「泥くさい」仕事をしているのだと。
その事実に、ヴァネッサは軽蔑と戸惑いの入り混じった感情を抱いた。
「そんな娘が自分と同じ場所に立っているなんて、ありえない」と、じくじくと燃え滾るような憎悪に変わるのに、そう時間はかからなかった。
「貴族の令嬢でありながら領地で土仕事をしているなんて、よほどお金に困っているのかしらね」とアルヴィスの薬草園での労働を嘲笑する噂を広めたのは、最初はちょっとした意趣返しのつもりだった。
暇な社交界にとってそんな話題は格好の娯楽。
こちらが少し誘導するだけで、話題の中心は面白い程「彼女」になったし、いつでもその話を求められたのは「私」だった。社交界から「彼女の居場所」を奪うのにそう時間はかからなかった。
だが残念なことに、アルヴィスは卒業とともに王都を離れてしまった。
もう少し遊んであげてもよかったのに。
けれど彼女が消えたことで、ヴァネッサの生活は再び静かになった。
これでようやく自分が中心に立つべき日常に平穏が戻る――そう信じていたのに。




