29.急転
煌びやかな装飾に彩られた邸宅の正面玄関では、出入りする人々の流れが徐々に緩やかになり、迎えの馬車や車両が次々と到着していた。
門前には使用人の指示を受けながら御者たちが手際よく荷物を運び込むために動き回っている。
車輪が石畳を擦る音や馬蹄の響きが夜の静寂に反響し、終わりの気配を漂わせていた。
庭園の木立に浮かぶランタンの淡い光が、芝生に伸びる影を揺らめかせる。
人々は、最後の談笑を惜しむように固く握手を握り交わし、励ますように肩を叩き合っている姿も見られた。
噴水の位置からでは、広間の中の様子は伺えないが、正面玄関から感じる雰囲気から帰宅の時間に近づいてきているのだと察せられた。
誰もが夜の終わりを感じながらも、余韻に浸る時間を惜しむようだった。
馬車の手配のついでにリタを呼ぶよう使用人に声をかけてくる、とお使いに行っていたセリウスが屋敷の方を何度も振り返りながら戻ってきた。
「どうした?」
エヴァンスが不審げに声をかけると、セリウスはアルヴィスに笑いかけてその隣にさも当然のように収まると、正面玄関を指差した。つられて視線を動かせば、イヴリンと婚約者のヴィクターに似た人影が来客一人一人に丁寧なあいさつをしている様子が見て取れた。
「今度はお茶会に招待したいそうです」
耳元で囁かれるように伝えられた言葉に、アルヴィスは思わず右隣のセリウスを振り返った。彼の水色の相貌が嬉し気に、そしてどこか誇らしげに細められている。
「よければご一緒しますよ」
「はい?」
深められた笑顔にきょとりと意味を追おうとした時だった。
「……今の音は?」
「え?」
微かに、建物の方から乾いた破裂音が聞こえた。硬い物が砕けるような音だった。セリウスが先に、少し遅れてエヴァンスが緊張した面持ちで屋敷の方を注意深く観察する。
パン、と何か乾いたものが爆ぜる音が何度か耳に届く。
「なにが」
起きているのかと続けながら、後ろ手にアルヴィスを守るように一歩前に出る。
眉をひそめて視線を走らせれば、イヴリン達が頭を押さえてしゃがみ込んでいるのがわかった。
―――次の瞬間、女性の悲鳴が夜空を引き裂いた。
「火事だ!」
怒号が建物の中から湧き上がり、庭園に面する解放されたままの回廊の扉から薄い白煙が漏れ出してくるのが見えた。




