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24.靴擦れ

 セリウスの背中が人ごみに紛れて完全に見えなくなるのを見送って、アルヴィスは扉の向こうに広がる庭園に視線を移した。


 扉を抜けると、目の前に広がるのは、まるで夢の中のような美しい庭園だった。


 月明かりに照らされた整然とした植え込みの間を、小径が幾筋も延びている。


 もっと近づいてよく見てみたくて、できるだけ上品に見えるよう足早に庭園へ降り立った。


 葉の裏に光る露や、夜風にそよぐ花々の繊細な動きが、静けさの中に命の気配を感じさせた。遠目に大きな噴水が月光を反射して柔らかく揺らぐように輝いているのが見えた。金色の女神像が、静かな夜の守護者のように佇んでいる。


 アルヴィスは誘われるように小径をゆっくりと歩き始めた。


 会場内の喧騒とは打って変わって、庭園には耳に心地よい静寂が広がっている。木々の間を通る風が優しく頬を撫で、遠くから虫の鳴き声が微かに聞こえてくる。


 庭園を進む中で、いくつかの人影がアルヴィスを認め、会釈をしながら無遠慮にこちらを見やる。パートナーも連れず、一人で歩いているのが目立ってしまったのだろう。


 「恋人にふられたのかも」と意地の悪い声が微かに聞こえ、パートナーの男性が嗜めるような声がする。


「やっぱり待っておけばよかったかしら」


 そうは思うものの、庭園の緑に触れたいという欲求には抗えなかった。


 冷たい水音が耳に届き始めた。


 噴水に到着したアルヴィスは、そっとその縁取りに腰を掛けた。月明かりが水面を揺らし、穏やかな波紋が広がる。手袋を外し、ひんやりとした水に指先を沈めると、その冷たさが足元からの痛みを一瞬忘れさせてくれるようだった。


 揺らぐ水面に移り込む見慣れない女性の顔を見て、アルヴィスは力なく嗤う。


 綺麗にお化粧をしてもらって、美しいドレスや装飾品に身を包んでも、どうやっても社交に馴染める気がしない。まるで不格好な人形が必死で表面を取り繕っているような歪さを感じて虚しさを覚える。


 とはいえ、今日の大体の予定はなんとかこなしたのだろうと自分を慰め、細く息を吐く。


 周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、アルヴィスはためらいがちに右足の靴を脱いだ。小さな足がドレスの裾から覗き、踵の部分に鈍い痛みが走る。


 身をかがめて観察すれば、腫れて捲れた皮膚からじんわりと出血しているのがわかった。


「結構ひどいわね」


 アルヴィスは小さく嘆息しながら、リタに預けた手鞄のことを思い出した。あの中には、こういう事態を見越して準備しておいた痛み止めの軟膏が入っているはずだ。清潔なレースのハンカチも一緒に入れて置いたのだが、有能な侍女は今、自分の傍にはいない。


 せめて応急処置的に炎症を和らげる葉でもないかと、薄暗い庭園を視線で探してみた。しかし、整然と刈り込まれた芝生と観賞用の花々が広がるばかりで、お目当ての薬草らしきものはどこにも見当たらない。


「あるはずがないわよね……」


 肩を落とし、軽くため息をついたその瞬間、背後から急に声をかけられた。


「何をしている?」


 低く冷たい声に驚き、アルヴィスは小さく悲鳴をあげ、飛び上がるようにして振り向いた。


 そこに立っていたのは、一人の男性だった。


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