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21.新しいオモチャ

 セリウスの醜態が当然耳に入っているのだろう。


 信じられないものでも見た、というような表情をした女性が目を瞬かせていた。


「驚いた」


 あなた、そんな風に笑う人だったかしら?


 戸惑いを帯びた声は人々の声にかき消されたが、セリウスは何を言いたいのか察したのか、余裕ありげに薄く微笑む。


「セリウスさん?」


 間に挟まれる格好で棒立ちになっているパートナーにセリウスは瞳を緩めて向けて、実に紳士的に紹介する。


「こちらはイヴリン・ラスフォード男爵令嬢。イヴリン、こちらはアルヴィス・クロフト・ファロンヴェイル子爵令嬢」


 身分を隠していたわけではないが、クロフト嬢と呼ばれることに慣れていたアルヴィスは恐縮したように目上のイヴリンに礼を取る。ふわりと優雅に指を動かしてドレスの裾を軽くつまんで頭を垂れるように会釈すれば、イヴリンは一歩近づいて手を差し出した。


「堅苦しいのは苦手なの。作法がなってないと言われるかもしれないけど、気楽にして頂戴。イヴリンよ」


 ころころと鈴が転がるように笑うイヴリンにアルヴィスはほっと胸を撫でおろす。どうやら敵意は向けられていないようだ。濃紺の手袋越しにほっそりとした彼女の手首を柔らかく握り返し、アルヴィスは控えめに笑った。


「なるほどねぇ。こういうのがいいのね」


 面白いわ。


 と知らずにイヴリンの口から感想が零れ落ちていた。


 イヴリンにとってかつてのセリウスは、どちらかと言えばぶっきらぼうで堅苦しい印象の男だった。口調は丁寧だし、話しかければ普通に答えるくらいの要領はあったが、必要以上に笑顔を見せることもなく、感情をあからさまに表に出すこともない。


 結婚適齢期だからと親が持ってきた縁談の中で一番良さそうな物件が幼いころから知っているヘイウッド伯爵子息だったので、とりあえずの確保という形で婚約をしたのはいいが、彼は全くとんでもない朴念仁だった。


 長らく軍にいたからかどうかは知らないが、あのエヴァンスの親友にしてこの人ありというような、エスコートの「エ」の字も知らないような男だったのである。確かに見た目はいいし、貴族としてそれなりの教育は受けてきたのだろう。ただ、「気づかい」という面で彼はエヴァンスにはるかに劣る。


 あのエヴァンスだって目端が利くところはちゃんとあるし、女性が美しく装えばそれなりに表面上のお世辞は言えるし、淑女に対するマナーだけを考えれば彼の方がまともであるとさえ思っていた。


 だが今、彼女の前に立つセリウスはどうだろう。


 イヴリンの目に映るのは、紳士的で柔らかな笑顔を浮かべ、隣にいる女性に自然な気遣いを見せるセリウスの姿だった。その物腰はあまりに穏やかで、優しさに満ちている。


 黒髪の下からのぞくイヴリンにとっては冷淡で面白みのない色合いの水色の瞳も、今は生気が戻ったかのように生き生きと輝いているし、何だこれは。自分は幻覚でも見ているのだろうか。


「ほんとに本人……」


 疑わしいことこの上ない。


 せっかくの祝いの場なのに、ズキズキと頭痛がしてくる始末である。


「あの。大丈夫ですか?」


「あなたも大変ねぇ」


 心配そうな色を浮かべてこちらに向けられる珍しい灰緑の瞳に、イヴリンは素直な憐憫と親愛の情を込めて何とも言えない顔をした。


 人間は恋で変わるとは言うが、自覚があるのかどうかはさておいて、セリウスには公の場で彼女の名誉にかかわるようなべたつきは控えてもらいたいところである。


「ちょっと、セリウス」


 釘でも刺しておかねば彼女が可哀想だ。


 セリウスに歩み寄り気安げにその肩をぽんと叩く、ふりをしてそのままぎゅぅううと爪を思いきり立てた。


「いっ」


「本ッ当に驚いたわ、セリウス。見違えたと言ってもいいくらい」


 自分の爪の先をオラオラと手袋越しにねじ込みながら、ウフフフフとイヴリンはカッと目を見開いた。


「あまり近すぎる距離はあなたのためにならないわよ。嫌われてもいいの?」


「は!?」


 瞬間、セリウスが顔を真っ赤にして後ずさり、無様にも近くのテーブルに腰を打ち付ける。並べられたシャンパングラスが音を立てて揺れ、何事かと近くで談笑していた男女が驚いて距離を開ける。


「え、セリウスさ」


「大丈夫です。ご心配なく」


 よろけながら立ち上がり、片手でアルヴィスを制してイヴリンにつかつかと歩み寄ってきた彼の表情は酒にでも当てられたように真っ赤だった。


 なるほど、無自覚だったわけか。


 すこしは可愛げがあったのね、なんて埒もないことを考えながら、イヴリンは「弟のような存在でもある」年下の元婚約者に邪悪な笑みを浮かべた。


 それはまるで新しいおもちゃを見つけた、「姉」のような顔であった。


 コレで遊ばない手はない。


 イヴリンはセリウスを無視してアルヴィスに向き直ると両手をぎゅっと握りしめ、にこりと笑いかけた。


「アルヴィス。あ、アルヴィスって呼ぶわね。今日は来てくれて本当にありがとう」


「え、あ、私の方こそ。本日はお招きにあずかりまして」


 戸惑い顔のアルヴィスにより近づけば、やや気圧されたように目がセリウスに助けを求めるように虚空を漂っている。


 おやこれは、と良くない考えが浮かんだイヴリンは、ちらりと横に棒立ちになっている男を一瞥すると、さらにアルヴィスに近づき耳元でそうっと尋ねる。


「セリウスは婚約者として優しい?」


「え?」


 婚約者として?


 いったいどうしてそんな話になっているのかと、アルヴィスは目を丸くして小首をかしげる。


 何か勘違いさせるような要素があっただろうかとこれまでの自分の行動を瞬時に振り返り、どう答えれば満点だろうかと高速で思考を巡らた。


 「彼の名誉のために」違うと事実を強調しつつはっきり申告することが何よりも正しいと結論付ける。


「はい。セリウスさんには友人としてとてもよくしていただいています。今日も、こちらにお伺いする際に私が恥をかかないようにと、このブローチを貸してくださいました」


 そう言って葉っぱの形をしたブルーのブローチを指差した。


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