19.ラスフォード夫妻
来客の列に従いながら玄関へと進むと、そこにはラスフォード男爵夫妻が迎えに立っていた。この中で最も身分が高いエヴァンスがまず軽やかに一礼しながら挨拶を交わすが、その後に続いたセリウスに、男爵は苦笑を浮かべながら小さく頷いた。
どうやら、セリウスが先日の失態で夜会の話題になっていたことは、彼の耳にも届いていたらしい。
「男爵、こちらはヘイウッド卿のパートナーのファロンヴェイル子爵令嬢です」
エヴァンスは男爵の気を逸らすように視線をアルヴィスに向けさせた。
「これは。ようこそ、ファロンヴェイル子爵令嬢」
ラスフォード男爵は一瞬驚いたように鳶色の瞳を開いたが、すぐ平静さを装ってにこやかに笑いかけ、礼を取る。アルヴィスは慌てて高位の男性貴族に対する礼をとり、できるだけ笑顔に見えるように挨拶を交わす。
「本日はお招きにあずかりまして誠にありがとうございます。アルヴィス・セレスティーナ・クロフト・ファロンヴェイルと申します」
「まぁ。なんて可憐な妖精だこと」
うふふ、と笑顔を向けて右手を差し出したのは緋色のドレスがとても印象的なラスフォード男爵夫人だ。嫌味のないすっきりとした笑顔の夫人の片手を恭しく額の位置に掲げ、優雅に礼を取ればラスフォード男爵夫人はさらに笑みを深めてドレスと揃いの赤い扇子を仰ぎながらアルヴィスに優しく声をかける。
「本日は娘の特別な夜会に足を運んでくださって嬉しいわ。どうもありがとう。ラスフォードの妻のメリッサです。どうぞ親しくメリッサと呼んでくださるとうれしいわ」
親しみを込めた呼び名の許しに、アルヴィスは貴族の令嬢として返礼を返す。
「メリッサ様。本日はお嬢様の素敵な夜会にお招きいただき、改めてありがとうございました。私のことはどうぞアルヴィスとお呼びいただけましたら幸いでございます」
「よろしく。アルヴィス」
やわらかく握りしめていた手をゆるりと放して、アルヴィスは笑みを返す。
祖母に厳しく教え込まれた貴族としての振る舞いが、まさかこんな形で役に立とうとは思いもしなかった。
「ファロンヴェイルというと薬草園のユーテシア様はお元気でいらっしゃるだろうか」
「祖母をご存じなのですか」
やや驚いたように瞳を開けば、ラスフォード男爵は奥方に気恥ずかしそうに視線を送った後、やや朱色に染まった顔でぼそりという。
「陛下の乳母兼教育係としてユーテシア様は、取り巻きの私どもにも非常に厳しかったものですから、懐かしくて」
「まぁ。そうとは知らず。祖母が生前大変お世話になりました」
慌てて再び礼を取ろうとすれば、男爵はそれを制して苦笑いする。そして、少し寂しそうな光を瞳に浮かべ、眉尻を下げた。
「そうでしたか。これは知らず、とんだ無礼を。ともあれ、これも何かの縁。どうぞちいさな夜会です。是非楽しんで行ってください」
ありがとうございます、ともう一度礼を述べて、アルヴィス達はセリウスに促されるようにして玄関ホールに足を踏み入れた。




