17.夜会へ
リタの仕事は見事だった。
文句の付け所がないどころか完璧だった。
惚けて動かなくなっているセリウスの脇腹をつつきながら、エヴァンスは「馬子にも衣装だな」と失礼なことを口にしていた気がする。
「うう。緊張する」
肘まである薄い卵色のシルクの手袋で肌を撫でながら、アルヴィスは変なところはないかと何度も隣に座るリタに声をかけていた。
リタは会場には入れないので、夜会が終わるまで使用人専用の控室で待機することになっている。
侍女の落ち着いた濃紺色のシンプルなドレスに身を包んだリタは、アルヴィスを安心させるように何度も深く頷いた。
「お嬢様の美しさに叶う令嬢など存在しません」
きっぱり答えるリタは嬉しそうで、どこか複雑そうだった。
「急なことでなければ、最高にお嬢様にお似合いの品をご用意しましたのに」
予定になかったイベントだったため、着る服がないかと思いきや、もしもに備えてリタは領地から控えめすぎず上品なデザインの淡い水色の夜会用のドレスを持ってきていた。
両肩がざっくりと露出して首周りやデコルテが顕になっているデザインではあるが、薄手のシルク地のショールを羽織って葉のデザインのサファイアの控えめなブローチで止めれば、上品な装いに華を添えることに成功した。
流石に装飾品一式は夜会の正装として見劣りするものしかなかったので、エヴァンスによってアルヴィスの瞳の色に合わせた繊細なデザインのペリドットのネックレスとイヤリングが用意された。
薄く化粧が施された頬は緊張のためにやや朱色に染まり、形の良い唇には薄桃の紅が引かれている。両耳に雫型の耳飾りがあしらわれ、歩く度に細やかに揺れるのがアルヴィスのほっそりとした輪郭を際立たせるようでとても印象的だった。
丁寧に編み上げられた艶やかなアッシュブラウンの髪の毛には、控えめに小粒の真珠が散りばめられていて、どういう仕掛けかとエヴァンスがリタに問うたところ、不作法ですよと前置きしながらも誇らしそうに「ヘアピンです」と答えたという。
「ヘイウッド様、あの。大丈夫ですか?」
ガタガタと揺れる馬車の中は、舗装された石畳の上を走ってはいるが乗り心地が良いとは言えない。
乗り物酔いでよく気分が悪くなるアルヴィスは、出かける前に手作りの試作品の酔い止めを飲んできてはいるが、時折大きな石を挟んで跳ねる馬車の揺れに少しずつ気分が悪くなっていた。緊張もしているからなおさらなのだろう。それともやはり試作品だから十分に効果が出なかった可能性もある。
宿へ迎えに来てくれたセリウス達だったが、なぜか柄にもなく奇妙にはしゃいでいるエヴァンスの横で、眉間にしわを寄せてほとんど挨拶以外何もしゃべらないセリウスに、アルヴィスは不安ばかりが増していく。
やはり、自分がパートナ―と言うのはかなり不本意だったのではないだろうか。
かと思えば、貴族の男性が意中の人に贈り物をする時のように跪いてサファイアの葉っぱのブローチを貸してくれたり、馬車に乗る前は当然とばかりにエスコートをしてくれたのが不思議だった。
ただ表情はにこやかで柔和なのに手袋越しに緊張が伝わってきて、こちらまで息が詰まってしまう。
何か気の利いたことが一つでも言えればいいのにと思いながらも、男性に迎えに来てもらい夜会に行くという経験が限りなく少ない自分には、何一つ良い話題が見つからない。真向かいに座っているから視線を上げると必然的にこちらをまっすぐ見つめている水色の相貌と視線がかち合ってしまうのが気恥ずかしくて、どうしてもうつむき加減になってしまう。
ほらまた、こちらを見ている。
リタがこちらの心中を察してか、ちいさく息を吐いて「お嬢様」と窓の外を指差した。
馬車は夜会の会場に到着した。