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13.花束

 思い出そうとしても思い出せないという風のアルヴィスの前で石のように固まっている男が面白くて、リタは背中を向けたまま笑いをこらえるようにして震えている。


 どこかでお会いしましたか、とでも言われようものなら、木っ端みじんに砕け散ってしまうのではとリタは期待に胸を膨らませた。


 差し出された花束を受け取っていいものか、それとも人違いなのではと悩みだしたアルヴィスに、一人先にソファに腰を落ち着けたエルヴィスが見かねて助け舟を出す。


「アルヴィス、そいつは昨日、俺の診療所に不法侵入してきた酔っ払いだ」


 ひらひらと片手を振って至極面倒くさそうに教えてくれたエヴァンスに、アルヴィスは記憶を手繰り寄せるように小首をかしげた。しばらくして、あ、と小さく声を上げはにかむ様に笑顔を向ける。


「昨日の方でしたか。すぐに気づけず失礼しました。雰囲気が変わっていて、その、ごめんなさい。お花、とても素敵ですね。ありがとうございます」


 ようやく花束を受け取ったアルヴィスに、ぶわ、と顔に朱が昇るのを感じながらセリウスは片手で顔を覆ってそのままの位置で彼女から顔を背けた。


 花束を受け取ったアルヴィスの指先がセリウスの指先を少しかすったのだ。


「気づかなくて当然だな。あんなひどい格好をしてたら、普通は同一人物だと思えんだろ」


 ふわぁと欠伸を一つしたエヴァンスに、リタはとんでもないことを聞いたとばかりに振り返った。エヴァンスはしまったと思ったが後の祭りである。


「ひどい格好?」


 獣が低く唸るような声を喉から出しながら、リタはじろりとセリウスを睨みつけたが、当の本人は全く気付いていないようだった。


「昨日のご親切へのお礼です。診療室での対応には本当に感謝しています。」


 頭上から落ちる声もそっちのけでアルヴィスは花束の中で艶やかに光る葉っぱやビロードのような白い花弁をにこやかに眺める。肌の炎症に対して薬効効果のあるリリーフェルモの花と酔い止めなどに効能が一部認められているペリーニシュアの葉っぱが存在を主張するように揺れている。あとで花弁と葉っぱを採取して、リリーフェルモはオイルにつけて、ペリーニシュアは乾燥させた後ギュニービーの蜜ろうと混ぜて試作品を作ってみよう。


 そんなことを考えていると、すすす、と背後から近づいてきたリタに脇腹をつつかれた。


 会話が止まっているという合図のようだ。


 アルヴィスはにこやかな笑顔のままこちらに視線を注ぐセリウスを俄かに見上げ、できるだけ瞳を直視しないように気を付けながら社交的な笑みを浮かべる。


「あの、大したことは全くしていないので……お礼なんて必要ありません」


 アルヴィスはその言葉を口にした後、すぐに視線を外し、軽く俯いてしまう。普段、男性と目を合わせることがほとんどない彼女にとって、セリウスの直視は思いのほか強い圧力を感じさせた。


「クロフト嬢」


 セリウスは胸がじんと熱くなると同時に、妙な使命感に駆られる。直感的に彼女に伝えなければ、と思った。


「いえ、普通などではありませんでした。」


 セリウスはすぐに言葉を継ぎ、より強調した口調で続ける。


「貴女のご判断とご配慮には、本当に助けられました。私の体調が回復したのは、間違いなくクロフト嬢のおかげです。」


 その言葉に、アルヴィスは一瞬驚いたように顔を上げ、そして真っ直ぐにセリウスを見つめた。目の前で発せられた言葉が彼女の心に響くのを感じ、微笑みが自然にこぼれる。


「そうですか……。それなら、少しでもお役に立てたなら良かったです。」


 ふわりと微笑むアルヴィスの顔に、セリウスの脳裏では謎の鐘が鳴り響いた。


 後ろに控えているリタは、そんな二人のやり取りを冷ややかに見守っていた。


 そんなふわふわした態度じゃ、この手の貴族男に勝手な期待をさせるだけですよ、とは思うものの、大切なお嬢様が心からとても嬉しそうな顔をしているのが伝わり、リタは少しだけ急な来訪者を見直すことにした。


 ただし、先ほどの会話で出た「ひどい格好」については後でエヴァンスからしっかり説明を受ける必要がある。


「リタ。枯れないようにお願いしていい?」


 セリウスから受け取った花を嬉しそうに抱えてリタに手渡すアルヴィスの姿に、お嬢様の忠実な侍女はとりあえず一旦棚上げにすることにした。


「どうぞこちらへ」


 既にエヴァンスが腰を下ろしているソファを差しながら席を進める。


「それでは私はお茶のご用意をしてまいります」


 花束を手にとりあえず元凶だと思しきエヴァンスをひと睨みした後、リタはアルヴィスににこりと微笑んで部屋を後にした。



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